「聖マルタ、聖マリア、聖ラザロ」のお話し [聖人・福者・尊者]

今日7月29日は、「聖マルタ、聖マリア、聖ラザロの記念日」です。
一昨年までは「聖マルタの記念日」でしたが、カトリック中央協議会のホームページに、次のとおり変更になった理由が掲載されています。
「(イタリア・ローマにあるヴァチカンの)教皇庁典礼秘跡省は、2021年1月26日付の「教令」をもって、7月29日の聖マルタの記念日の名称を「聖マルタ、聖マリア、聖ラザロ」に変更することを発表しました。ベタニアでイエスをもてなしたマルタ、マリア、ラザロについて、ローマ暦にはマルタの名前のみが記載されてきましたが、改訂された「ローマ殉教録」にはマリアとラザロの名前も記載されており、いくつかの特殊暦ではすでに三人の兄弟姉妹が祝われています。これらをふまえ、典礼秘跡省は記念日の名称変更を教皇フランシスコに提案し、教皇は、三人が主イエスを家に迎え、そのことばに注意深く聞き入り、イエスが復活でありいのちであることを信じたという福音書の重要な証言を考慮して、7月29日に三人の名前を記載することを決定しました。」

イエス・キリストが生きた同時代、エルサレムの近くのベタニアに、聖マルタは兄弟であるマリアとラザロ共に住んでいました。兄弟(姉妹)は、信仰に厚い敬虔な生活を送っており、聖書には「イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。(ヨハネによる福音・第11章・第5節)」とあります。弟のラザロが死んだときには、聖マルタはイエス・キリストのもとに使いを送って信仰と信頼を表して、洞穴に埋葬されてから4日も経っていたラザロを生き返らせていただきました。その後、聖マルタはマリアと共にイエス・キリストに従ったのでした。死後に3人とも聖人となっています。

ジョット・ディ・ボンドーネ(イタリア:1267年頃~1337年)作の『ラザロの復活』です。左側に立っているイエス・キリストの前で伏し拝んでいる2人が、マルタとマリアです。もちろん、包帯でグルグル巻きになっているのがラザロです。
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新約聖書には聖マルタの死にまつわる出来事は書かれていませんが、中世のころよりフランス・プロヴァンス地方で宣教したとする伝承があり、聖マルタの聖遺物は1187年にタラスコンで発見されました。絵画などで表現される場合、そのアトリビュートとして聖書ないし聖人伝の記述が含まれた図像で描かれ、ひしゃく、箒、鍵束などを持っています。また、主婦や手伝いをする姉妹の守護聖人とされています。これとは別に、聖マルタを象徴する図像にドラゴンがありますが、これはタラスコンに表れたドラゴンにマルタが聖水を飲ませ、サッシュを巻いて捕らえたという伝承によります。すごい!

「真珠の耳飾りをつけた少女」で有名なフェルメール作の「マリアとマルタの家のキリスト」です。1655年に製作されています。本作品は、フェルメールの最も初期の作品で、知られている彼の作品の中で唯一聖書に関する主題を描いたものです。新約聖書の『ルカによる福音書』の中に姉妹の家へのイエス・キリストの訪問を伝えるシーンを題材にし、マリアが座って話をじっと聞いている一方で、マルタはイエス・キリストのために食事の用意をしています。この絵のイエス・キリストは、マリアは「よい方を選んだ」を褒め、マルタには家事よりも話を聞くことの大切さを諭しているところです。
聖マルタ.jpg
◯新約聖書:ルカによる福音書・第10章・第38~第42節
「さて、「一行が旅を続けていく途中、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女がイエスを迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足元に座って、その話に聞き入っていた。しかし、マルタは数々のもてなしのため、忙しく立ち働いていた。そこで、彼女はイエスのそばに来て言った。「主よ、わたしの姉妹は、わたし一人にもてなしをさせておりますが、何ともお思いになりませんか。手伝うように言いつけてください。」すると、 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い煩い、気を使っている。しかし、必要なことは、ただ一つだけである。マリアはその善いほうを選んだ。それを彼女から取り上げてはならない。」」
『原文校訂よにる口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から

◯新約聖書:ヨハネによる福音書・第11章・第19~第27節
「マルタとマリアの所には、大勢のユダヤ人が兄弟のことで慰めに来ていた。 マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。 マルタはイエスに言った。 「主よ、もしあなたがここにいてくださったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。 しかし、あなたが神にお願いになることは何でも、神はかなえてくださると、 今でも私は知っています。」 イエスは仰せになった、「あなたの兄弟は復活する」。 マルタは言った、「終わりの日の復活の時に、復活することは存じております」と言った。 イエスは仰せになった、 「わたしは復活であり、命である。 わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる。 生きていて、わたしを信じる者はみな、永遠に死ぬことはない。 このことをあなたは信じるか。」 マルタは答えた、 「はい、主よ、あなたがこの世に来られるはずの神の子、 メシアであると、わたしは信じております。」」
『原文校訂よにる口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
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「ノヴェナ」のお話し [祈り]

今夜は、カトリック麹町・聖イグナチオ教会での18時からの「年間第16金曜日のミサ」に与りましたが、ミサの開式の前に、『聖イグナチオ・ロヨラの取次を願う9日間の祈り』がありました。この「9日間の祈り」のことを「ノヴェナ」といいます。以前、このブログに掲載した記事を再度掲載いたします?
「ノヴェナ(ラテン語: Novem)」又は「ノヴェナの祈り」とは、17世紀にキリスト教で始まった信心業で、神が恵みを与えてくれるように願う祈りのこと又は聖母マリア様や聖人など、特定の崇敬対象に対して、神様への執り成しをしてくれるよう願う祈りのことで、9日間に渡って連続して祈る信心業のことをいいます。個人で行うノヴェナや集団で行うノヴェナがあります。

「ノヴェナ:Novem」は、ラテン語の「9つの」を意味する形容詞に由来しており、日本ではその訳として、「9日間の祈り」や「9日祈祷」などと訳されています、つまりは連続して9日間祈ることを意味しています。ノヴェナはそのほとんどがキリスト教カトリック教会、聖公会、東方正教会、プロテスタント教会のルター派教会によって行われています。

ノヴェナのお祈りは、祈祷書によるものやロザリオの連祷によるもの(ロザリオのノヴェナ)又は一日を通して短い祈りを唱えるものなどがあります。ノヴェナのお祈りは、慣例として小さな祈祷書などに印刷され、三位一体の神のうちの一つの位格への救いを求める祈り、聖母マリア様、天使や諸聖人への執り成しを求める各種の祈りがあります。

カトリック教会におけるノヴェナは、次の4つのカテゴリがあり、そのどれかに属します。
1 喪中又は葬儀の前
2 教会の祝日の前または晩の典礼の終わり(教会で行うことが必要となる場合が多い)
3 個人または集団による請願や罪の償い
4 免償(ゆるしの秘跡を受けており、教会で行うことが必要となる場合が多い)
標準の典礼規範によると、ノヴェナは家庭、教会、または厳粛な祈りを唱えられる場所ならどこでも実施できますが、いくつかの免償がつくノヴェナは、教会において実施することが必要となります。時々、特別なロウソクと香がノヴェナを実施する9日間に渡って共す場合があるそうです。「典礼憲章(Sacrosanctum Concilium)」の一般原則の最初の章は、一般のノヴェナについて、ガイドラインとして良く挙げられます。

ノヴェナを行うことは、イエス様が昇天された日と聖霊降臨の日の間は9日間であると考えられており、そしてこの間、弟子たちは祈りをし続けていたそうです。それは新約聖書:使徒言行録・第1章・第12節に「心を合わせて、ひたすら祈をしていた。」と記載されていることによります。

◯ノヴェナの例:「聖霊降臨(せいれいこうりん)のノヴェナ」(お祈りの言葉は、短くして簡素化しています。)
「聖霊降臨の主日」を迎えるにあたり、聖霊を待ち望み、9日間の祈り「ノヴェナ」をささげましょう。聖霊降臨のノヴェナを、使徒の女王マリアとともに、私たち一人ひとりの内に聖霊が降り、愛で満たされるよう祈りましょう。
第1日目
「すべての人の父である神よ。
あなたは聖霊降臨の神秘によって、
諸国の民を一つの聖なる教会に集めてくださいます。
聖霊を世界にあまねく注いでください。
教会の誕生にあたって行われた宣教の働きが、
今も信じる民を通して続けられ、
豊かな実りをもたらしますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第2日目
「聖なる父よ、
あなたは、御子キリストの昇天の後、
約束された聖霊を送って、
永遠のいのちの門を開いてくださいました。
この偉大な神秘にあずかるわたしたちが、
信仰を深め、心をこめて、あなたに仕えることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第3日目
「すべての人の父である神よ、
聖霊を世界にあまねく注いでください。
教会の誕生に当たって行われた宣教の働きが、
今も信じる民をとおして続けられ、
豊かな実りをもたらしますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第4日目
「全能の父よ、
復活節を通して、
御子イエスの受難と栄光の神秘を祝ったわたしたちが、
日々の生活の中で、その喜びに生きることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第5日目
「聖なる父よ、
聖霊をわたしたちの上に注いでください。
日々の生活の中で、いつもみ旨を行うことができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第6日目
「いつくしみ深い主よ、
あなたの霊を送ってください。
わたしたちが、そのふさわしい住まいとなり、
平和と喜びに満たされますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第7日目
「万物の造り主である神よ、
わたしたちを聖霊のたまもので満たしてください。
いつも、みこころにかなうことことを求め、
み旨を行う者となることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第8日目
「いつくしみ深い父よ、
あなたの教会をかえりみてください。
聖霊によって集められたわたしたちが、
心と思いを一つにして、あなたに仕えることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」

第9日目
「永遠の父よ、
あなたは約束された聖霊を送り、
御子イエスの過越の神秘を全うされました。
異なったことばを話す世界の人々が、
聖霊のたまものによって、すべての相違を乗り越え、
一つの信仰に結ばれることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。」
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教会日記その二2023.7.28(カトリック麹町・聖イグナチオ教会「年間第16金曜日のミサ」金曜日) [教会日記]

今夜は、仕事が終わってから四ツ谷の整体院に行く前に、カトリック麹町・聖イグナチオ教会で18時からの「年間第16金曜日のミサ」に与りました。聖イグナチオ教会でのミサは、今年に入って1月28日(土)、2月3日(金)・25日(土)、3月3日(金)、4月22日(土)、5月20日(土)、6月23日(金)、今日7月28日(金)と、特に計画したわけではなく、別に拘っているわけでもないですが、なぜか毎月1回(2月は2回)訪れてミサに与っています。

今週は、猛暑日(35度以上)が連日続き、厳しい暑さとなっています(⌒-⌒; ) 今日の予報では最高気温は36度となっていましたが、体感気温というか実際には38度~40度はあったように思われましたΣ( ̄ロ ̄lll)ガーン 今朝の「教会日記」にも書きましたが、とにかく熱中症対策ですね!①なるべく日中は外出しない。②クーラーが入った涼しい部屋で過ごす。③こまめな水分補給をする。④十分な睡眠を取ること。⑤食事をきちん取ることです。以上5点ですね!

ミサが始まる前に、聖イグナチオ教会の夕刻18時のアンジェラスの鐘が鳴り響く中、祭壇奉仕の方の先唱にしたがい、いつものように会衆全員で『お告げの祈り』………と思ったら、『聖イグナチオの取次ぎを願う9日間の祈り』でした。そういえば、7月31日は「聖イグナチオ・ロヨラ」の記念日で、7月22日から30日までは『聖イグナチオの取次ぎを願う9日間の祈り』をお祈りするのでした………ということでお祈りしました。
◯『聖イグナチオの取次ぎを願う9日間の祈り』
先唱:父である神よ   
会衆:聖イグナチオを、御子イエスとの交わりにお招きになりました。
主イエスの愛に燃えたイグナチオは、
あなたの大いなる栄光を求める熱意を多くの人に与え、
あまねく世界の人々に、あなたに仕える道を示しました。
私たちも聖イグナチオの模範に従って、すべてのことにおいて、
愛して仕えるものになりますように。
また、彼の取次ぎによって、
次の恵みもお与え下さいますように。
 
(ここで各自、黙して求めたい願いを入れる)
『主の祈り』、『アヴェ・マリアの祈り』と『栄唱』を唱える
 
先唱:聖イグナチオ、私たちのために祈ってください。
会衆:私たちがキリストの約束にかなうものとなりますように。
先唱:祈りましょう。すべての人の救いを望まれる神よ、
会衆:あなたは偉大な栄光を現すために、
ロヨラの聖イグナチオをお選びに
なりました。聖人の助けと模範に励まされて、
私たちも悪と戦い、
ともに勝利の冠を受けることができますように。
主イエス・キリストのみ名によって。
アーメン」

ミサでは、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
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教会日記2023.7.28(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第16金曜日のミサ」金曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会での早朝7時からの「年間第16金曜日のミサ」に与りました。今週は、猛暑日(35度以上)が連日続き厳しい暑さとなっています(⌒-⌒; ) 毎度のことですが、とにかく熱中症対策です。①なるべく日中は外出しない。②クーラーが入った涼しい部屋で過ごす。③こまめな水分補給をする。④十分な睡眠をとる。⑤食事をきちんとることですね。
今日も清々しい朝を迎えています!

ミサでは、先唱奉仕を担当しました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
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キリスト教関係史跡訪問記のご紹介 [キリスト教関係事項・用語等]

今日は、このブログに掲載したキリスト教関係史跡の訪問記をご紹介いたします。コロナ渦にあった2021年~2022年に、東京都及び神奈川県にあるキリスト教に関係する史跡を訪ねました。訪問した史跡の半分は切支丹(キリシタン)に関連するものです。このブログをお読みの皆さんも一度は訪ねていただき、当時の信徒の皆さんのご苦難や信仰の想いを偲ばれてはいかがでしょうか。
この夏休み・お盆休みに訪れるのもいいのですが、今は猛暑日続きで熱中症が懸念されますから、涼しくなる秋にお訪ねいただくのがよろしいかと思います(*^▽^*)

◯「都旧跡 元和キリシタン遺跡(殉教地)」
このブログの2021年8月28日に掲載した「都旧跡 元和キリシタン遺跡(殉教地)訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-08-28-1

◯「江戸の殉教者顕彰碑(元和大殉教記念碑)」
このブログの2021年8月28日に掲載した「教会日記2021.8.28(カトリック高輪教会)祈り 土曜日」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-08-28-3

◯「都旧跡 切支丹屋敷跡」
このブログの2021年9月10日に掲載した「都旧跡 切支丹屋敷跡訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-09-10-2

◯「目黒の切支丹灯籠」
このブログの2021年11月12日に掲載した「目黒の切支丹灯籠訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-11-12-2

◯「浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑(殉教地)」
このブログの2022年7月2日に掲載した「浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑(殉教地)訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2022-07-02-1

◯「横浜天主堂跡」
このブログの2021年10月10日に掲載した「横浜天主堂跡訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-10-10-1

◯「外国人宣教師宿舎跡」
このブログの2021年10月30日に掲載した「外国人宣教師宿舎跡訪問のお話し」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2021-10-30-1

◯「新島襄先生生誕之地の記念碑」
このブログの2022年7月7日に掲載した「新島襄先生生誕之地の記念碑訪問」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2022-07-07-4

◯「指紋研究家ヘンリー・フォールズの住居跡」
このブログの2022年8月15日に掲載した「指紋研究家ヘンリー・フォールズの住居跡訪問」をご覧ください。次のアドレスをクリックしてください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2022-08-15-3
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「イエス・キリストの名称」のお話し [キリスト教関係事項・用語等]

日本語のイエス・キリストの「イエス」は、ヘブライ語の「イェーシュア」又はアラム語の「イェシュー」を元にしたと思われる古代ギリシア語あるいは古典ラテン語の「イエースース」の慣用的表記であるというのが根拠となります。「イエス」の語源は、ヘブライ語で「主は救い」を意味するユダヤ人男性の当時は一般的な名称でした。「キリスト」は、救世主というニュアンスで理解されることが多いですが、原義は「油を注がれた者」という意味です。「イエス・キリスト」は、ギリシア語で主格を並べた同格表現で、「キリストであるイエス」「イエスはキリストである」の意味となります。同格だったのですね。

戦国時代から江戸時代初期にかけてのキリシタンは、ポルトガル語の発音から「ゼズ」又は「ゼズス」と呼んでいました。中国語では、イエスは「耶蘇(Yēsū、イエス)」と表記されたことから、その字が日本語に伝来して「やそ」と呼ばれました。明治時代から昭和の初めごろはキリスト者(クリスチャン)を侮辱・軽蔑する言葉として使用されました。ちなみに、アラビア語では「イーサー」です。

現在、日本ハリストス正教会(ロシア正教会由来の教会)が用いる「イイスス」は、中世~現代ギリシア語あるいは教会スラヴ語に由来するものです。日本のカトリック教会は、ローマ・カトリック教会で典礼のために使われる教会ラテン語の「Jesus(イェーズス)」をカタカナで表記した「イエズス」を伝統的用いてきましたが、現在ではエキュメニズム(エキュメニカル)の流れに沿って、イエスの名称を用いています………でも、まだ一部の司祭(神父様)やご高齢な信徒はイエズスを使用される方がいます。

私は、基本的には「イエス」ですが、ミサでは「イエズス」と言います。しかし、他の人と話しをする中で、「イエス様」と言っても「イエズス様」とは言わないですね。あくまでもミサだけです。やはりローマ教会の伝統を受け継ぐカトリック教会として「イエズス」の名称にこだわります。一部の神父様も使われていますから問題はないと思いますが、所属教会の主任司祭に言われたらダメですよね?

【エキュメニズム】
エキュメニズム(英: Ecumenism)とは、キリスト教の教派を超えた結束を目指す主義、キリスト教の教会一致促進運動のことです。世界教会主義ともいいます。転じて、キリスト教相互のみならず、より幅広くキリスト教を含む諸宗教間の対話と協力を目指す運動のことを指す場合もあります。
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渡辺和子シスターのことば(第5日目) [キリスト者(クリスチャン)]

「幸せは、自分を忘れて人の幸せのために尽くすところに、生まれるものだと思います。」

渡辺和子シスターのことは、「渡辺和子シスターのことば(第1日目)2023.7.19」をご覧下さい。
主イエス・キリストは、「隣人を自分を愛するように愛しなさい」と説いておられます。渡辺和子シスターの言葉の「人の幸せのために尽くす」ということですね。自分の為にではなく、他の人の為に尽くすことによって生まれる「幸せ」は、何よりも尊いものだと思いますし、私も日頃から実感していることです。これは「お互い様」でもあります。この想いがなくては、人間社会は成り立ちません。東日本大震災以降、よく「絆(きずな)」という言葉が使われるようになりましたが、この絆こそ、他の人のために尽くすことを根底にしている言葉だと思います。
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今日の日記2023.7.26(タヌキの親子!) [日記]

昨夜の話しになりますが、21時ごろ1日おきにやっているウォーキングをしていました。
その途中のことですが、隣町にある神奈川県立橋本高校と相模原市立相原中学校の間の街灯の暗い、あまり人通りのなさそうな道を歩いていたら、親ネコ1匹と子ネコ2匹が飛び出してきたので止まって見ていたら、なんと!ネコではなくタヌキの親子でした。
相原中学校のコンクリートの60㎝くらいの高さの側壁を1匹の子ダヌキだけが昇ることができず、近寄って見ようとしたら、親ダヌキ戻ってきて子ダヌキをくわえて行ってしまいました。携帯で写真を撮りたかったですね。しかし、走るのはめちゃ早い!

自宅の周りは山(森林)と畑ですから、夜中や明方でしたらタヌキは畑で毎日のように見かけますが、山(森林)まで約1kmも離れている橋本高校・相原中学校は住宅街にありますから、こんなところにタヌキがいるのは、やはり山から来たのか?………
………という話しをしていたら、地元の方が「住宅街と言っても、この辺りは家と家の間に畑があったり林があったり、学校のように夜は人がいない建物もあり、夜行性ですからネズミや家から出るゴミをあさって住み着いているんだよ。」とのことでした( ̄▽ ̄;)
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教会日記2023.7.26(カトリック成城・聖タデオ教会「聖マリアの両親・聖ヨキムと聖アンナの記念日のミサ(年間第16水曜日のミサ)」水曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会での早朝7時からの「聖マリアの両親・聖ヨキムと聖アンナの記念日のミサ(年間第16水曜日のミサ)」に与りました。
ここ数日は、夜は涼しくてクーラーをかけることなく、網戸にしてカーテンを引いて寝ています。それが、夜明けごろになると寒くて目が覚め、窓を閉めることになるのですが、窓のガラスは水滴でくもっているのです( ̄▽ ̄;) これは室内が冷たくて外気が暖かいのではなく、室温は普通でも外気が冷たいからなのです。それほど夜は涼しくて過ごしやすいのですが、寒くて目が覚めるのは困りものです( ̄▽ ̄;) ただ、日中は、猛暑日になって連日厳しい暑さです(⌒-⌒; ) まるで昼は暑さが厳しくて夜は寒さが厳しいという、昼と夜の寒暖の差が激しい砂漠の国のようです………以上、自宅のある町田市相原町のお話しでした。
今日も清々しい朝を迎えています!

ミサでは、「聖マリアの両親・聖ヨキムと聖アンナの記念日」をお祝いしてお祈りしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
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「聖母マリアの両親 聖ヨアキムと聖アンナ」のお話し [聖人・福者・尊者]

今日7月26日は、「聖母マリアの両親 聖ヨアキムと聖アンナ」の記念日です。
聖母マリアの父親である聖ヨアキムと母親である聖アンナの生涯は、2世紀ごろに編集された正典の聖書ではない外典の聖書である『ヤコブ原福音書』に記載されています。それによると、聖ヨアキムはナザレで生まれ、聖アンナと結婚しましたが、長い間子どもに恵まれず、子どもが授かるように神に祈りをささげていました。聖アンナは40歳のころにマリアを産み、マリアを女性として申し分なく教育し、両親はイエス・キリストが誕生した時は生きていたといわれています。聖アンナは、フランス・ブルターニュの守護の聖人となっています。
◯聖ヨアキム(左)、聖母マリア(中央)、聖アンナ(右)のイコン画です。
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◯レオナルド・ダ・ヴィンチ作の「聖母子と聖アンナ」です。1501-1503年に描かれ、現在はフランス・パリ市にあるルーブル美術館に収蔵されています。
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