支援活動日記2022.9.15(山谷夜回りの会活動) [支援活動日記]
今日は、仕事が終わってからホームレス支援活動グループ「山谷夜回りの会」の活動に参加しました。毎回毎回このブログに書いていることですが、私は一人の人間としてもキリスト者(クリスチャン)としても、人道のための支援活動を行うことが本望であり、若い時からの念願でもありました。働けなくて経済的に困窮し、路上生活を余儀なくされている人、家族に見放され精神時に不調をきたし、路上生活を余儀なくされている人、ホームレスの皆さんにはいろいろな理由があります。国や自治体など行政では、手が回らないところを私たちが支援するということですね。
私たちキリスト教の信徒は、前述したような生活に困窮している人のことをイエス様だと思って支援しています。これは聖書にあるイエス・キリストの教えです。聖書には次のとおり書かれています。
◯新約聖書の『マタイによる福音書』第25章・第31~第46節に、次の聖句(イエス・キリストの言葉)があります。
「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。』すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話をしなかったでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」
解釈をしますと、冒頭にある「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき」というのは、終末(この世の終わり)に、イエス・キリストがこの世に再臨するということです。その時に天使たちを従えて来て「最後の審判」が行われます。分かりやすく説明すると、この世の終わりに、イエス・キリストが再び現れて、天国に入る者と地獄に落ちる者とを選別するということです。「王」とは、イエス・キリストのことです。「兄弟であるこの最も小さい者」とは、生活に困窮している人、弱い立場にある人、病で苦しんでいる人など、救いを求めている人たちのことです。「永遠の罰を受け」とは地獄に落ちるということで、「永遠の命にあずかる」とは天国に入るということになります。
困っている人たちの為に善い行いをすること。生活に困窮している人、弱い立場にある人、病で苦しんでいる人など、救いを求めている人たちのために支援すること。それがイエス・キリストにすることになるのです。ですから、私たちはこのような人たちのことを、自分が天国に入る入れないに関係なく、聖書の聖句に従い、ただイエス様だと思って接して支援活動をしているのです。
今夜も台東区端の泪橋交差点から少し歩いた所にある、「いろは商店街(以前は実測250mほどのアーケード商店街でした)」に、ビニールシートのテントで寝ている方を含め40人ほどのホームレスの皆さんが私達を待っていました。支援活動に集まった18人で、ホームレスの皆さんにパン、マスク、軍手、石鹸、歯ブラシ、髭剃り、靴下、上下の下着類、Tシャツ、ズボン、寝袋、葛根湯などをお配りしました。最近は、女性の方もいらっしゃいますから生理用品も配ります。おにぎりを配る時は、毎回約300個ほどのおにぎりをカトリック板橋教会や松戸教会の信徒の皆さんの善意で作ってもらっています。数年前までは、私が以前所属していたカトリック町田教会も「山谷の会」があり、おにぎりを作っていました。
支援活動に集まっている皆さんの年齢構成は、70歳代の方、私のような仕事帰りの60歳代の社会人や主婦は少数派ですが、中心になるのは大学生や若い20歳代~30歳代の社会人で、使命感を持って支援活動に取り組んでいます。今日は、高校生の方が2人いました。若い人たちは立派な人ばかりです。もう8月のような猛暑はありませんが、まだ蒸し暑い日もあります( ̄◇ ̄;) ホームレスの皆さんは路上で寝る方も多く、雨が降ったり衛生的にも極めて悪い環境にあります。健康を維持するためにも体には特に気をつけてもらいたいものですね。今日は、配り手が多かったものですから早く終わりました。活動が終了してから反省会を行い、8時45分ごろ解散しました。今は、すでに帰宅する電車の中です。
私たちキリスト教の信徒は、前述したような生活に困窮している人のことをイエス様だと思って支援しています。これは聖書にあるイエス・キリストの教えです。聖書には次のとおり書かれています。
◯新約聖書の『マタイによる福音書』第25章・第31~第46節に、次の聖句(イエス・キリストの言葉)があります。
「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。』すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話をしなかったでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」
解釈をしますと、冒頭にある「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき」というのは、終末(この世の終わり)に、イエス・キリストがこの世に再臨するということです。その時に天使たちを従えて来て「最後の審判」が行われます。分かりやすく説明すると、この世の終わりに、イエス・キリストが再び現れて、天国に入る者と地獄に落ちる者とを選別するということです。「王」とは、イエス・キリストのことです。「兄弟であるこの最も小さい者」とは、生活に困窮している人、弱い立場にある人、病で苦しんでいる人など、救いを求めている人たちのことです。「永遠の罰を受け」とは地獄に落ちるということで、「永遠の命にあずかる」とは天国に入るということになります。
困っている人たちの為に善い行いをすること。生活に困窮している人、弱い立場にある人、病で苦しんでいる人など、救いを求めている人たちのために支援すること。それがイエス・キリストにすることになるのです。ですから、私たちはこのような人たちのことを、自分が天国に入る入れないに関係なく、聖書の聖句に従い、ただイエス様だと思って接して支援活動をしているのです。
今夜も台東区端の泪橋交差点から少し歩いた所にある、「いろは商店街(以前は実測250mほどのアーケード商店街でした)」に、ビニールシートのテントで寝ている方を含め40人ほどのホームレスの皆さんが私達を待っていました。支援活動に集まった18人で、ホームレスの皆さんにパン、マスク、軍手、石鹸、歯ブラシ、髭剃り、靴下、上下の下着類、Tシャツ、ズボン、寝袋、葛根湯などをお配りしました。最近は、女性の方もいらっしゃいますから生理用品も配ります。おにぎりを配る時は、毎回約300個ほどのおにぎりをカトリック板橋教会や松戸教会の信徒の皆さんの善意で作ってもらっています。数年前までは、私が以前所属していたカトリック町田教会も「山谷の会」があり、おにぎりを作っていました。
支援活動に集まっている皆さんの年齢構成は、70歳代の方、私のような仕事帰りの60歳代の社会人や主婦は少数派ですが、中心になるのは大学生や若い20歳代~30歳代の社会人で、使命感を持って支援活動に取り組んでいます。今日は、高校生の方が2人いました。若い人たちは立派な人ばかりです。もう8月のような猛暑はありませんが、まだ蒸し暑い日もあります( ̄◇ ̄;) ホームレスの皆さんは路上で寝る方も多く、雨が降ったり衛生的にも極めて悪い環境にあります。健康を維持するためにも体には特に気をつけてもらいたいものですね。今日は、配り手が多かったものですから早く終わりました。活動が終了してから反省会を行い、8時45分ごろ解散しました。今は、すでに帰宅する電車の中です。
教会日記2022.9.15(カトリック成城・聖タデオ教会「平日のミサ」木曜日) [教会日記]
今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会での7時からの平日のミサに与りました。ずいぶんと涼しい朝になりました。外にいたら少々寒いと感じるかもしれません。聖堂に入ると暖かくて、なぜかほっとします。今朝も清々しい朝を迎えています。
ミサでは、「悲しみの聖母」の記念日をお祝いしてお祈りしました。
そして、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と主を讃えて、
続いて
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
とお祈りしました。
続いて、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」と祈り、
そして、同僚の病と同じ病の私が親しくしているご婦人のお二人が癒されるようお祈りしました。
終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』をお祈りしました。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
とお祈りしました。
ミサでは、「悲しみの聖母」の記念日をお祝いしてお祈りしました。
そして、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と主を讃えて、
続いて
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
とお祈りしました。
続いて、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」と祈り、
そして、同僚の病と同じ病の私が親しくしているご婦人のお二人が癒されるようお祈りしました。
終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』をお祈りしました。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
とお祈りしました。
「悲しみの聖母」のお話し [キリスト教関係事項・用語等]
今日9月15日は、「悲しみの聖母」の記念日です。
新約聖書にある4つの福音書の中で、聖母マリア様が大きな悲しみに遭う場面が7度あります。聖母とは、「聖母の7つの悲しみ」と呼ばれるこれらの出来事に心を痛める聖母マリア様のことで、通常7本の剣で心臓を刺し貫かれ、悲しむ表情を見せる聖母の図像(絵画や彫像など)で表されます。悲しみの聖母の記念日は、1814年に教皇ピウス7世がこれをラテン典礼教会全体に広めました。当初は9月の第3日曜日が悲しみの聖母の記念日でしたが、1913年に教皇ピウス10世が9月15日に定めて(1914年に教会歴へ)現在に至っています。では、新約聖書からこの7つの悲しみの記載箇所を見てみましょう。7つすべて聖母マリア様ご自身に起こった悲しい出来事です。
カルロ・ドルチ作の「悲しみの聖母」です。私の大好きな絵です。東京の上野公園内の国立西洋美術館(常設展)にあります。
スペイン・サラマンカ市のサラマンカ大聖堂にある悲しみの聖母像です。7つの剣で心臓を刺し抜かれています。とっても痛そうです(; ̄O ̄)
◯第一の悲しみ:「幼子イエスに関するシメオンの預言」
母親である聖母マリア様と父親である聖ヨセフ様が、幼いイエス様を父である神様にお捧げするために、エルサレム神殿へ入った時の出来事。(日本の神社へのお宮参りみたいなものですか!?)
新約聖書:ルカによる福音書・第2章第25~第35節
「その時、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しく敬虔な人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上にあった。彼はまた、主が遣わすメシアに見るまでは決して死なないとの、聖霊のお告げを受けていた。彼は霊に導かれて神殿に入ると、律法の慣習に従って、両親が幼子イエスを連れてきた。シメオンはその子を抱きあげ、神をほめたたえて言った。「主よ、今こそあなたはお言葉のとおり、あなたの僕を、安らかに去らせてくださいます。 わたしはこの目で、あなたの救いを見たからです。この救いは、あなたが万民の前に備えられたもの、異邦人を照らす光、あなたの民イスラエルの栄光です。」父と母は、幼子について言われた言葉を聞いて不思議に思った。シメオンは彼らを祝福して、母マリアに言った。「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするために定められ、また、逆らいを受ける徴として定められています。あなた自身の心も剣で貫かれます。それによって、多くの人のひそかな思いが、露わにされるでしょう。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第二の悲しみ:「エジプトへの逃避」
ローマ帝国の属州となっていたユダヤ地域を統治することを許されていたヘロデ王が、この世に救世主(メシア)=イエス様が誕生したことに危機感を抱き、見つけしだい殺害しょうと思案していた時の出来事。
新約聖書:マタイによる福音書・第2章・第7~第16節
「そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼び寄せて、星が現れた時期を確かめた。そして、彼らをベツレフムに送り出すにあたって言った。「行って、その幼子を丹念に探し、見つけたら、わたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行きたいから」。王の言葉を聞いて、彼らは出かけた。すると、彼らがかつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、幼子のいる場所まで来て止まった。彼らはその星を見て、非常に喜んだ。家の中に入ってみると、幼子が母マリアとともにおられた。彼らはひれ伏して幼子を礼拝した。そして宝箱を開け、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。その後、夢の中でヘロデのもとに戻らないようにとのお告げを受けたので、ほか道を通って自分たちの国へ帰って行った。
さた、博士たちが立ち去ると、夢の中で主の使いがヨセフに現れて言った。「起きよ、幼子とその母を連れて、エジプトへ逃げよ。そして、わたしが告げるまで、そこに留まれ。ヘロデが幼子を探し出して、殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ逃れ、ヘロデが死ぬまでそこに留まった。これは主が預言者を通して、「わたしはわが子をエジプトから呼び出した」と仰せになったことが成就するためである。さて、ヘロデは博士たちに欺かれたと知って、非常に怒った。そして人を遣わし、博士たちから確かめた時に基づいて、ベツレヘムとその地方一帯にいる、二歳以下の男の子を、ことごとく殺させた。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第三の悲しみ:「3日のあいだ少年イエスとはぐれたこと」
イエス様が12歳の時に、母親である聖母マリア様と父親である聖ヨセフ様と一緒にエルサレム神殿に捧げ物を持って行った時、帰りにイエス様が行方不明になった出来事。(日本の神社への七五三参りみたいなものですか!?)
新約聖書:ルカによる福音書・第2章・第40~第48節
「幼子は成長し、たくましくなり、知恵に満たされた。神の恵みがその上にあった。さて、イエスの両親は、毎年、過越の祭りにはエルサレムへ上っていた。イエスが十二歳になられた時も、両親は祭りの慣習に従って、都に上った。祭りの期間が終わって、帰路に就いたが、少年イエスはエルサレムに残っておられた。しかし、両親はそれに気づかなかった。道連れの中にイエスはいるのだろうと思い込み、彼らは一日の旅を終えてから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、イエスを捜しながらエルサレムまで引き返した。そして、三日の後、両親は神殿の境内でイエスを見つけた。イエスは学者たちの間に座り、彼らの話を聞き、なた彼らに質問しておられた。イエスの言葉を聞いた人々はみな、その賢明な受け答えに驚嘆していた。両親はイエスを見て驚き、母が言った、「あなたは、どうしてこんなことをしたのですか。お父さんもわたしも心配して、あなたを捜していました。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第四の悲しみ:「十字架を背負って歩くイエスと出会ったこと」
イエス様の磔刑(たっけい:十字架による死刑)が決まり、ローマ帝国のエルサレムにあるポンティオ・ピラト総督の官邸から、十字架の刑場であるゴルゴタの丘に、イエス様が重い十字架を担って行く途中、聖母マリア様がイエス様と出会った出来事。
新約聖書:ルカによる福音書・第23章・第26~第28節
「さて、イエスを引いて行く途中、兵士たちは、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を担わせ、イエスの後ろから運ばせた。大勢の民がイエスの後に従った。その中には、イエスのことを嘆き悲しむ女たちがいた。イエスは彼女たちの方を振り向いて、仰せになった。「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣かなくてもよい。むしろ、自分自身のため、また自分の子供たちのために泣きなさい。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第五の悲しみ:「イエスの十字架のもとに立ったこと」
ゴルゴタの丘の刑場で、イエス様が十字架に磔(はりつけ)となった時の出来事。
新約聖書:ヨハネによる福音書・第19章・第25~第27節
「ところで、イエスの十字架の傍らには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアたたずんでいた。イエスは、母とそのそばに立っている愛する弟子とを見て、母に仰せになった。「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です」。それから弟子に仰せになった。「見なさい。あなたの母です。」その時から、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第六の悲しみ:「十字架から降ろしたイエスの遺体を抱きとめたこと」
ゴルゴタの丘の刑場で、イエス様が十字架に磔(はりつけ)となり、亡くなって十字架から遺体を下ろした時ので出来事。
新約聖書:マタイによる福音書・第27章・第55~第61節
「またそこには、多くの婦人たちがいて、離れた所から見守っていた。彼女たちはガリラヤからイエスに従って来て、イエスに仕えていた人たちである。その中に、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、およびゼベダイの子らの母がいた。夕方になると、ヨセフというアリマタヤの金持ちが来た。彼もイエスの弟子であった。彼がピラトのもとへ行き、イエスの体の下げ渡しを願い出た。そこで、ピラトはそれを渡すようにと命じた。ヨセフはイエスの体を受け取って、清らかな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の納め、その入り口には大きな石を転がしておいて、立ち去った。そこにはマグダラのマリアと、もう一人のマリアが、墓の方を向いて座っていた。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第七の悲しみ:「イエスの遺体を埋葬したこと」
亡くなったイエス様をお墓に納めた時の出来事。
新約聖書:ヨハネによる福音書・第19章・第40~第42節
「彼らは、イエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬のしきたりに従って、香料と一緒に亜麻布で包んだ。イエスが十字架につけられた所には園があった。その園には、まだ誰も葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であり、その墓が近かったので、そこにイエスを葬った。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
以上の7つの悲しい出来事です。
新約聖書にある4つの福音書の中で、聖母マリア様が大きな悲しみに遭う場面が7度あります。聖母とは、「聖母の7つの悲しみ」と呼ばれるこれらの出来事に心を痛める聖母マリア様のことで、通常7本の剣で心臓を刺し貫かれ、悲しむ表情を見せる聖母の図像(絵画や彫像など)で表されます。悲しみの聖母の記念日は、1814年に教皇ピウス7世がこれをラテン典礼教会全体に広めました。当初は9月の第3日曜日が悲しみの聖母の記念日でしたが、1913年に教皇ピウス10世が9月15日に定めて(1914年に教会歴へ)現在に至っています。では、新約聖書からこの7つの悲しみの記載箇所を見てみましょう。7つすべて聖母マリア様ご自身に起こった悲しい出来事です。
カルロ・ドルチ作の「悲しみの聖母」です。私の大好きな絵です。東京の上野公園内の国立西洋美術館(常設展)にあります。
スペイン・サラマンカ市のサラマンカ大聖堂にある悲しみの聖母像です。7つの剣で心臓を刺し抜かれています。とっても痛そうです(; ̄O ̄)
◯第一の悲しみ:「幼子イエスに関するシメオンの預言」
母親である聖母マリア様と父親である聖ヨセフ様が、幼いイエス様を父である神様にお捧げするために、エルサレム神殿へ入った時の出来事。(日本の神社へのお宮参りみたいなものですか!?)
新約聖書:ルカによる福音書・第2章第25~第35節
「その時、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しく敬虔な人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上にあった。彼はまた、主が遣わすメシアに見るまでは決して死なないとの、聖霊のお告げを受けていた。彼は霊に導かれて神殿に入ると、律法の慣習に従って、両親が幼子イエスを連れてきた。シメオンはその子を抱きあげ、神をほめたたえて言った。「主よ、今こそあなたはお言葉のとおり、あなたの僕を、安らかに去らせてくださいます。 わたしはこの目で、あなたの救いを見たからです。この救いは、あなたが万民の前に備えられたもの、異邦人を照らす光、あなたの民イスラエルの栄光です。」父と母は、幼子について言われた言葉を聞いて不思議に思った。シメオンは彼らを祝福して、母マリアに言った。「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするために定められ、また、逆らいを受ける徴として定められています。あなた自身の心も剣で貫かれます。それによって、多くの人のひそかな思いが、露わにされるでしょう。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第二の悲しみ:「エジプトへの逃避」
ローマ帝国の属州となっていたユダヤ地域を統治することを許されていたヘロデ王が、この世に救世主(メシア)=イエス様が誕生したことに危機感を抱き、見つけしだい殺害しょうと思案していた時の出来事。
新約聖書:マタイによる福音書・第2章・第7~第16節
「そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼び寄せて、星が現れた時期を確かめた。そして、彼らをベツレフムに送り出すにあたって言った。「行って、その幼子を丹念に探し、見つけたら、わたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行きたいから」。王の言葉を聞いて、彼らは出かけた。すると、彼らがかつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、幼子のいる場所まで来て止まった。彼らはその星を見て、非常に喜んだ。家の中に入ってみると、幼子が母マリアとともにおられた。彼らはひれ伏して幼子を礼拝した。そして宝箱を開け、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。その後、夢の中でヘロデのもとに戻らないようにとのお告げを受けたので、ほか道を通って自分たちの国へ帰って行った。
さた、博士たちが立ち去ると、夢の中で主の使いがヨセフに現れて言った。「起きよ、幼子とその母を連れて、エジプトへ逃げよ。そして、わたしが告げるまで、そこに留まれ。ヘロデが幼子を探し出して、殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ逃れ、ヘロデが死ぬまでそこに留まった。これは主が預言者を通して、「わたしはわが子をエジプトから呼び出した」と仰せになったことが成就するためである。さて、ヘロデは博士たちに欺かれたと知って、非常に怒った。そして人を遣わし、博士たちから確かめた時に基づいて、ベツレヘムとその地方一帯にいる、二歳以下の男の子を、ことごとく殺させた。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第三の悲しみ:「3日のあいだ少年イエスとはぐれたこと」
イエス様が12歳の時に、母親である聖母マリア様と父親である聖ヨセフ様と一緒にエルサレム神殿に捧げ物を持って行った時、帰りにイエス様が行方不明になった出来事。(日本の神社への七五三参りみたいなものですか!?)
新約聖書:ルカによる福音書・第2章・第40~第48節
「幼子は成長し、たくましくなり、知恵に満たされた。神の恵みがその上にあった。さて、イエスの両親は、毎年、過越の祭りにはエルサレムへ上っていた。イエスが十二歳になられた時も、両親は祭りの慣習に従って、都に上った。祭りの期間が終わって、帰路に就いたが、少年イエスはエルサレムに残っておられた。しかし、両親はそれに気づかなかった。道連れの中にイエスはいるのだろうと思い込み、彼らは一日の旅を終えてから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、イエスを捜しながらエルサレムまで引き返した。そして、三日の後、両親は神殿の境内でイエスを見つけた。イエスは学者たちの間に座り、彼らの話を聞き、なた彼らに質問しておられた。イエスの言葉を聞いた人々はみな、その賢明な受け答えに驚嘆していた。両親はイエスを見て驚き、母が言った、「あなたは、どうしてこんなことをしたのですか。お父さんもわたしも心配して、あなたを捜していました。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第四の悲しみ:「十字架を背負って歩くイエスと出会ったこと」
イエス様の磔刑(たっけい:十字架による死刑)が決まり、ローマ帝国のエルサレムにあるポンティオ・ピラト総督の官邸から、十字架の刑場であるゴルゴタの丘に、イエス様が重い十字架を担って行く途中、聖母マリア様がイエス様と出会った出来事。
新約聖書:ルカによる福音書・第23章・第26~第28節
「さて、イエスを引いて行く途中、兵士たちは、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を担わせ、イエスの後ろから運ばせた。大勢の民がイエスの後に従った。その中には、イエスのことを嘆き悲しむ女たちがいた。イエスは彼女たちの方を振り向いて、仰せになった。「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣かなくてもよい。むしろ、自分自身のため、また自分の子供たちのために泣きなさい。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第五の悲しみ:「イエスの十字架のもとに立ったこと」
ゴルゴタの丘の刑場で、イエス様が十字架に磔(はりつけ)となった時の出来事。
新約聖書:ヨハネによる福音書・第19章・第25~第27節
「ところで、イエスの十字架の傍らには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアたたずんでいた。イエスは、母とそのそばに立っている愛する弟子とを見て、母に仰せになった。「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です」。それから弟子に仰せになった。「見なさい。あなたの母です。」その時から、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第六の悲しみ:「十字架から降ろしたイエスの遺体を抱きとめたこと」
ゴルゴタの丘の刑場で、イエス様が十字架に磔(はりつけ)となり、亡くなって十字架から遺体を下ろした時ので出来事。
新約聖書:マタイによる福音書・第27章・第55~第61節
「またそこには、多くの婦人たちがいて、離れた所から見守っていた。彼女たちはガリラヤからイエスに従って来て、イエスに仕えていた人たちである。その中に、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、およびゼベダイの子らの母がいた。夕方になると、ヨセフというアリマタヤの金持ちが来た。彼もイエスの弟子であった。彼がピラトのもとへ行き、イエスの体の下げ渡しを願い出た。そこで、ピラトはそれを渡すようにと命じた。ヨセフはイエスの体を受け取って、清らかな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の納め、その入り口には大きな石を転がしておいて、立ち去った。そこにはマグダラのマリアと、もう一人のマリアが、墓の方を向いて座っていた。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
◯第七の悲しみ:「イエスの遺体を埋葬したこと」
亡くなったイエス様をお墓に納めた時の出来事。
新約聖書:ヨハネによる福音書・第19章・第40~第42節
「彼らは、イエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬のしきたりに従って、香料と一緒に亜麻布で包んだ。イエスが十字架につけられた所には園があった。その園には、まだ誰も葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であり、その墓が近かったので、そこにイエスを葬った。」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
以上の7つの悲しい出来事です。