新約聖書:コリントの人々への第二の手紙・第13章・第13節 [聖書]

「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、みなさん一同と共にありますように。」

この聖書の聖句は、ミサの冒頭(一番最初のところ)の「開祭の儀」の「入祭のあいさつ」のところで、司祭が十字を切りながら「父と子と聖霊のみ名において」と唱えます。私達信徒も司祭と一緒に十字を切ってから「アーメン」と唱えます。その後で、司祭が「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんと共に。」と唱え、私達信徒も「また司祭と共に」と応えます。そして次の「回心の祈り」に入っていきます。入門講座を受けているころ、聖書を読んでいる時に「どこかで聴いたことあるな~。」と気づきましたと!いうか発見しました。

この司祭の唱える「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんと共に。」は、コリントの人々への第二の手紙の一番最後にある第13章の第13節からの引用ですね。この聖句は、キリスト教の根本である「三位一体の神」を見事に表現しています。私も私的な手紙やメールの最後のところで「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが◯◯さんと共にありますように。」と結びます。ただ、クリスチャンでない方への手紙には意味が通じないですから使えないかも………でも私は無理に使っています(⌒-⌒; )
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豚カツ大好き日記2020.1.27(四ツ谷・三金) [豚カツ大好き日記]

四ツ谷駅から徒歩で4分ほどのところにある、昭和21年創業のトンカツの名店です………と友人に言われて来ました。人気のあるお店のようで、お昼時にはサラリーマンでいっぱいになるようです。
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食べての第一印象は、とにかく衣がサクサクですね。ロースカツは100gから選べます(写真)。豚肉はSPF豚、米な魚沼産コシヒカリ、ソースは十数種類のスパイスを配合した特製ソースとのことです。美味い!ご飯、キャベツと味噌汁(シジミの赤だしか豚汁を選択)は、おかわり自由になっています。味噌汁もおかわり自由というのがいいですね。シジミの赤だしが最高に美味い!
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写真は、ロースカツの150gです!
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教会日記2020.1.27(カトリック麹町・聖イグナチオ教会「平日のミサ」月曜日) [教会日記]

今日は、仕事が終わってから膝の痛みを柔らげるため整体院に行く前に、四ッ谷まで足をのばしてカトリック麹町・聖イグナチオ教会の18時からの平日のミサに与りました。聖イグナチオ教会は、今月4回目の訪問となりました。
18時のアンジェラスの鐘が響き渡るなか「お告げの祈り」をお祈りし、ミサではご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、行方不明となっている小学一年生の小倉美咲ちゃんが、元気な姿で両親の元に帰れるようにお祈りし、同僚の病が癒されますように、同僚ご本人の大怪我とお嬢さんの病気が完治しますようにと、心を込めてお祈りいたしました。
さぁ、今から整体院に行くぞ!
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聖マザー・テレサのことば(第1日目) [聖人・福者・尊者]

「人は不合理、
非論理、利己的です。
気にすることなく、
人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをした
と言われるでしょう。
気にすることなく、
善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に
出会うことでしょう。
気にすることなく、
やり遂げなさい。

善い行いをしても、
おそらく次の日には
忘れられるでしょう
気にすることなく、
善を行い続けなさい。

あなたの正直さと
誠実さとが、
あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく
正直で誠実であり続けなさい。

助けた相手から
恩知らずの仕打ちを
受けるでしょう。
気にすることなく、
助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを
世に与え続けなさい。
けり返されるかもしれません。
気にすることなく、
最良のものを与え続けなさい。
気にすることなく、
最良のものを与え続けなさい…。」

聖マザー・テレサの言葉です。このブログに何度も掲載してきましたが再掲載いたします。
聖マザー・テレサ(マケドニア:1910年~1997年)は、キリスト教カトリックの修道女で、修道会「神の愛の宣教者会」の創立者です。本名は、アルーマニア語でアグネサ/アンティゴナ・ゴンジャ・ボヤジといいます。「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、「テレサ」は修道名です。カトリック教会の福者に列せられています。インドのカルカッタで始めたマザー・テレサの貧しい人々のための活動は、後進の修道女たちによって全世界に広められています。
生前からその活動は高く評価され、1973年のテンプルトン賞、1979年のノーベル平和賞、1980年のバーラ・ラトナ賞(インドで国民に与えられる最高の賞)、1983年にエリザベス2世から優秀修道会賞など多くの賞を受けました。1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれています。(アメリカ名誉市民はわずかしかいません。)。2003年10月19日、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福され、2016年9月4日、教皇フランシスコによって列聖されましたので、カトリック教会では「聖人」となっています。

善い行いは、どのような障害があろうとも何も気にすることはありません。かえって障害があるということに、ますます善いことを行おうと意欲がわいてくるのです。これは義務感ではありません。“愛”です。善い行いに愛があれば、必ずや神様は報いてくださいます。
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今日の日記その二2020.1.26(和菓子「湯もち」) [日記]

箱根湯本帰りの方からお土産としていただきました。「湯もち」という和菓子です。湯もち本舗「ちもと」の製品です。見た感じは大福のようですが、食感がものすごく柔らかく、甘すぎずとっても美味しいお餅です。絹のような上品な和菓子ですね。詳しいことは「ちもと」のホームページをhttps://www.yumochi.com/page3 をご覧ください。
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今日の日記2020.1.26(時代劇映画!) [日記]

私は時代劇映画が大好きですね~。三度の飯より好きと言っても過言ではないくらい大好きです。絶対に欠かせない映画は、なんと言ってもまず「水戸黄門」です。次に「旗本退屈男」、「天下のご意見番」、「丹下左膳」、「入れ墨判官」や「新吾十番勝負」などが続きます。1950年~1960年代に東映が制作した松田定次監督の映画がいいですね。現在の時代劇映画でも「たそがれ清兵衛」、「雨あがる」、「隠し剣」や「一命」などは好きな映画ですが、やはり往年の映画の方が数万倍好きですね。
時代劇映画DVDコレクションです。まだあるのですが、10本ほどは時代劇好き仲間に貸しています。
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俳優は(若い人たちは知らない俳優ばかりと思いますが)阪東妻三郎、嵐寛寿郎、長谷川一夫、片岡知恵蔵、市川歌右衛門、月形龍之介、東千代之介、大友柳太郎、大河内伝次郎、中村錦之助(萬屋錦之介)、大川橋蔵などが好きです。特に片岡知恵蔵、市川歌右衛門、月形龍之介、大友柳太郎や大川橋蔵の5人は別格です。この5人が出演する映画は何回見ても絶対に飽きません!!この5人の声の音色がいいというか、声に特徴があるというか、しゃべり方に個性があって現在の俳優とは違うのです。

ですから、「水戸黄門」は最近のテレビシリーズものではなく、月形龍之介主演の映画の「水戸黄門」や「天下の副将軍」が最高傑作ですし、「忠臣蔵」も最近のものではなく、片岡知恵蔵主演の忠臣蔵が私にとっては最高の作品です。往年の映画は、なんと言っても時代考証に基づいた撮影セットがしっかりしており、CGなどない時代に造りも大きく、出演(エキストラ)人数をケチることもなくたくさん使い、現在の時代劇に比べ、比較にならないほど全体的にスケールが大きいのです。なんともいえない味があります。時代劇を語り出すと止めどもなく書きまくりますので、この辺でやめておきますね(⌒-⌒; )
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「フランシスコ教皇のお祈りカード」のご紹介(その2) [祈り]

このブログの2020年1月7日に掲載した「フランシスコ教皇のお祈りカード」の記事でご紹介しました。アドレスは次の https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2020-01-07 です。今日そのカードを美術用品の専門店「世界堂」でマット加工してもらい額に入れました。綺麗ですね。
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教会日記20201.25(カトリック成城教会「主日のミサ」土曜日) [教会日記]

今日は仕事はお休みをいただいて病院(歯科、整形外科)や整体院巡りをし、帰りに小田急線成城学園前駅で途中下車してカトリック成城教会の18時からの主日のミサに与りました。私が所属するカトリック町田教会のミサには間に合いませんでした〜( ̄▽ ̄;)
成城教会のステンドグラスです。3天使ですが、これは三位一体を表しています。
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17時50分から聖歌372番「救い主を育てた母」を歌ってから「お告げの祈り」をお祈りし、18時からのミサでは、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、行方不明となっている小学一年生の小倉美咲ちゃんが、元気な姿で両親の元に帰れるようにお祈りし、同僚の病が癒されますように、同僚ご本人の大怪我とお嬢さんの病気が完治しますようにと心を込めてお祈りしました。
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「使徒聖パウロの回心」のお話し [聖人・福者・尊者]

今日は、「使徒聖パウロの回心」の祝日です。このブログの2019年1月25日に掲載したものを再掲載いたします。まずは、新約聖書の「使徒言行録」を語源としている「目からウロコが落ちる(めからうろこがおちる)」の説明からまいりましょう。
”ことわざ”としての意味は、「あることをきっかけとして、急に物事の真相や本質が分かるようになる」ということですね。これは新約聖書の使徒言行録の第9章・第3~第18節に記載されている“目からウロコ”の語源となったところです。少々長くなりますが掲載しますね。

◯新約聖書:使徒言行録・第9章・第3〜第18節
「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。』同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。
ニコラス・バーナード(フランス:1733~1784)「聖パウロの回心」
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サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、『アナニア』と呼びかけると、アナニアは、『主よ、ここにおります』と言った。すると、主は言われた。『立って、<直線通り>と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。』しかし、アナニアは答えた。『主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。』

すると、主は言われた。『行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。』そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。『兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。』すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。」

これは、イエス様の使徒(弟子)である聖パウロ(当時はサウロと名乗っていた)に起こった出来事に由来しており。本来は「誤りを悟り、迷いから覚める意味」で使われていました。イエス様の死後、聖パウロは当初、ユダヤ教徒としてキリスト教徒を捕まえて牢獄に送る役をしていた“キリスト教徒を迫害する側の人間”でしたが、このようにして、キリスト教徒を迫害する側から、洗礼を受けてキリスト教を信仰し、福音を述べ伝える側へと正反対に“激変”したのです。そして、この聖パウロがユダヤ人以外のギリシャ人やローマ人などの異邦人と言われる人々に福音宣教したことが、キリスト教が全世界に広まった理由なのです。キリスト教の興隆は、聖パウロの功績が大きいのです。
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三浦綾子のことば(第10日目) [キリスト者(クリスチャン)]

「人間誰しも、性欲、食欲、事業欲、名誉欲などなど、数々の欲望をもっているが、その欲望にふりまわされて破局に至る人間と、その欲望をコントロールして、無事に人生を生きていく人間がある。」
エッセイ集『明日のあなたへ』から

三浦綾子さんのことは、「三浦綾子のことば(第1日目)2020.1.8」をご覧下さい。
私は、「欲」は人間が成長する上で必要な正統な向上心の一つだと捉えています。また、一般的に性欲がないと子宝に恵まれず、食欲がないと身体に必要な栄養を摂取することが難しくなるわけです。しかし、欲が過ぎる(度を超す)と害になりやすくなります。
このブログの「三浦綾子のことば(第8日目)2020.1.20」にも書きましたが、キリスト教カトリックにおける“七つの大罪”に、色欲・肉欲、貪欲・強欲がありましたね。性欲も度を超すと色欲・肉欲となり、食欲も度を超すと貪食・大食となって大罪となるわけです。問題は、いかに欲望をコントロールするか?ですね。欲望という誘惑を自制していくことが大切になります。何年もダイエットに挑戦して、一向に成果の上がらない私の自戒とするところです(⌒-⌒; )
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