支援活動日記2020.12.3(山谷夜回りの会活動) [支援活動日記]

今日は、仕事が終わってからホームレス支援活動グループ「山谷夜回りの会」の活動に参加しました。
12月に入り、一段と寒さが厳しくなってきました。特に明け方の寒さは身体にこたえますね。新型コロナウイルスだけでなく、インフルエンザにも注意が必要です。「山谷夜回りの会」は、東京の寄せ場地域(日雇い労働者の町)である山谷地区で暮らす野宿者(ホームレス)の皆さんに、おにぎりやパンの食べ物、生活に必要な物資を夜回りしてお届けしている団体です。第一・第三木曜日の19時30分にJR南千住駅改札前に集合し、おにぎり、パンや日用品などをホームレスの皆さんにお配りしています。「山谷夜回りの会」の詳細は、ホームページをご覧ください。
https://yomawari.yomibitoshirazu.com/

いつもながら東京スカイツリーが夜空にキレイでした。
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毎回このブログに書いていることですが、私は一人の人間として、また、キリスト者(クリスチャン)としても、このような支援活動を行うことが本望であり、若い時からの念願でした(若いころもやっていましたが、30年ほどお休みしていました、7年前に再開し、またお休みして昨年の10月から再開しました)。働けなくて経済的に困窮し、路上生活を余儀なくされている人、家族に見放され精神時に不調をきたし、路上生活を余儀なくされている人、ホームレスになった人にはいろいろな理由があるのです。行政には限界があり、国や地方自治体ができないところを私たちが支援しなければなりません。イエス・キリストは、「自分を愛するように隣人を愛すること。」と福音で説いています。隣人への愛の実践ですね。

今夜も台東区端の泪橋交差点から少し歩いた所にある、《いろは商店街(以前は200mほどのアーケード商店街でした)》に、ビニールシートのテントで寝ている方を含めて50人ほどのホームレスの皆さんが私達を待っていました。集まった10人でホームレスの皆さんに、手作りおにぎり、マスク、タオル、軍手、石鹸、歯ブラシ、髭剃り、靴下、上下の下着類、ズボン、毛布、寝袋などをお配りしました。集まった皆さんは、私のような仕事帰りの社会人は少数派ですが、中心になるのは大学生や若い20歳代~30歳代の社会人で、若い人たちが使命感を持って支援活動に取り組んでいます。

寒さはまだまだこれからです。コロナもそうですが、風邪をひかないように気を付けてもらいたいものです。ホームレスの皆さんは路上で寝る方も多く、衛生的に極めて悪い環境にありますから、体調には十分に気を付けていただきたいですね。活動が終了して反省会を行って21時過ぎに解散し、今は既に帰りの電車の中です 。
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教会日記2020.12.3(カトリック成城・聖タデオ教会「平日のミサ」木曜日) [教会日記]

今日も出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会の7時からの平日のミサに与りました。いつものことですが、今朝もと寒いですね~。今日も清々しい朝を迎えています!今夜は、「山谷夜回りの会」の活動で、ホームレス支援です!

ミサでは、今日の日本宣教の保護者 聖フランシスコ・ザビエル司祭の祝日をお祝いしてお祈りしました。そして、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、行方不明となっている小学2年生の小倉美咲ちゃんが、元気な姿で両親の元に帰れるようにお祈りし、同僚の病が癒されますように、同僚のお嬢さんが健康な身体になり、元気に学校に通えるようお祈りしました。
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「日本宣教の保護者 聖フランシスコ・ザビエル司祭」のお話し [聖人・福者・尊者]

今日12月3日は、「日本宣教の保護者 聖フランシスコ・ザビエル司祭」の祝日です。
フランシスコ・デ・ザビエル(スペイン:1506年頃~1552年)は、スペインのナバラ生まれ、カトリック教会の司祭、宣教師で、イエズス会(修道会)の創設メンバーの1人です。キリスト教カトリックでは聖人に列せられ、日本の守護聖人となっています。ポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣され、1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたことで、日本では特に有名ですね。その後、中国に入ろうと努力しますが、中国・広東港外の上川島で病気になって亡くなり、遺体はゴアに移されました。

下の絵は社会科(日本史)の教科書に載っていましたね。
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ザビエルは、日本やインドなど多くの国に行って宣教を行い、使徒であった聖パウロを超えるほど多くの人々をキリスト教信仰に導いたといわれています。そして、今まで出会った民族の中で、日本人は最も優れた民族であると日本人を高く評価しています。ローマ・バチカンへの書簡の中に次のとおり書いています。

『書簡第90 ゴアのイエズス会員に宛てて 1549年11月5日鹿児島より』
「日本人について、この地で私たちが経験によって知りえたことを、あなたがたにお知らせします。
第一に、私たちが交際することによって知りえた限りでは、この国の人びとは今までに発見された国民のなかで最高であり、日本人より優れている人びとは、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。
彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人びとは貧しいのですが、武士も、そうでない人びとも、貧しいことを不名誉とは思っていません。」

『書簡第96 ヨーロッパのイエズス会員に宛てて 1552年1月29日コーチンより』
「日本人はたいへん立派な才能があり、理性に従う人たちなので、これこそ真理であると思い、信者も信者でない人もキリストの奥義を喜んで聞きました。(中略)
日本人は知識欲の旺盛な人びとなので、〔聖父と聖子と聖霊との御名によりて〕と言うのは何を意味するのか、なぜ右手を額において「聖父」と言うのか、「と聖子」と言って〔右手を〕胸におくのか、「と聖霊の」と言って、〔右手を〕左の肩から右に引くのかと質問します。(中略)
私は肉体的にはたいへん元気で日本から帰って来ましたが、精根は尽き果ててしまいました。(中略)
私の頭はすでに白髪でおおわれてしまいましたが、体力に関する限り、これまでに経験しなかったほど〔の充実感に〕満たされています。」

私が読んだザビエルの書簡は、次の岩波文庫の上下2巻です。
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◯『聖フランシスコ・デ・サビエル書翰抄』の上巻・下巻(岩波文庫 青 818-1・818-2)
著者 :フランシスコ・ザビエル
翻訳: ペトロ・アルーペ ・ 井上 郁二
出版:岩波書店(岩波文庫)
定価:絶版のため古書店で購入
発刊:1991年
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