教会日記2023.10.27(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第29金曜日のミサ」金曜日)  [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「年間第29金曜日のミサ」に与りました。少々寒ですが爽やかな朝ですね。今が一番過ごしやすい季節なのかもしれませんね(^◇^)さぁ、明日から2連休です!今日一日頑張るぞー!

ミサでは、先唱奉仕を担当し、10月が「ロザリオの月」であることから『アヴェ・マリアの祈り』をお祈りしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
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巷のことば(第2日目) [今日の言葉(巷の言葉)]

「空気って、読むものなの? 吸うものでしょ。息苦しかったら風を入れないと。」

この言葉の出典も不明です。
確かに空気は吸うものですね。「空気を読みなさい。」とは、「その場の雰囲気などを敏感に感じなさい。」ということですが、それが “ 息苦しい ” と感じられることであれば、新鮮な空気を入れるように、その場の雰囲気を変えなさいということですね。この言葉もおもしろいですよね(*^▽^*)
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教会日記2023.10.26(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第29木曜日のミサ」木曜日)  [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「年間第29木曜日のミサ」に与りました。週も後半に入りました。やはりこの歳になると疲れが溜まります(⌒-⌒; ) 早く土曜日にならないかな〜(^◇^)

ミサでは、10月が「ロザリオの月」であることから『アヴェ・マリアの祈り』をお祈りしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
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巷(ちまた)のことば(第1日目) [今日の言葉(巷の言葉)]

「ハードルは高ければ高いほどくぐりやすい。」

今日からしばらくの間は「巷のことば」シリーズです!このシリーズは、このブログに4回目の掲載となります。
この言葉の出典は不明です。
ハードルは、「越える」ものであるというのが常識と思いますが、ハードルを “ 潜る(くぐる)” という発想はなかったですね~( ̄▽ ̄;) 一種の逆説の発想ですか。それにしても、この言葉はおもしろいですね。このような発想はプレッシャーから解放してくれますね(*^▽^*)

【巷(ちまた)】
世間のこと。
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今日の日記2023.10.25(ハロウィーン!) [日記]

ハロウィーンは10月31日(火)ですが、今日は英語の授業を担当している女性教授とその受講学生が、いろいろなキャラクターに仮装して大学構内を回りました。これはハロウィーン(Halloween)を自らが体験し、英語と英語圏文化を学ぶという授業の一環なのですね。大学構内の各建物の事務室では、いろいろなお菓子を用意しています。学生が「Trick or Treat」(トリック オア トリート):お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」(正式には「Treat me or I'll trick you」です)と言って、お菓子をもらうと「thank you(サンキュー):ありがとう」と言って次の事務室にお菓子をもらいに行きます。各部署ともにカウンターの上にお菓子の入った箱を置いています。私もやりた~い!
◯いろいろな仮装をして学生は楽しんでいます!私ならフランケンシュタインか!?
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◯えぇ~!もしかしてJK?もう女子高生はムリっしょ!いや?通用するか?
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◯先生です!バッチリメイクですね!( ̄▽ ̄;) ちなみに先生はアメリカ人です。
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◯閲覧注意!これは2019年3月30日時の写真です!リアル過ぎ!完全にオカルト!
ハロウィン2.jpg
ハロウィーンの起源などは次のとおりです。
10月31日のハロウィーンの起源は、古代ケルト人の祝祭(収穫祭)のことで、ケルト暦で10月31日は夏の終わりとされ、冬の始まる12月1日の前夜と考えられています。「All Hallows’Eve(万聖節の前夜)」が短縮されてハロウィーンとなったといわれています。このハロウィーンの行事や風習が、アイルランドから19世紀に移民によってアメリカに伝わり、ハロウィーンの行事が盛んになったそうです。日本ではキリスト教の降誕祭(クリスマス)と同種に見られがちですが、キリスト教とはまったく関係はありませんし、悪霊、妖怪や魔女といった反キリスト的なものと一緒はありえません!………と私は思いますが、批判はしません。

この日は、異界の扉が開いて日本のお盆のように死者の霊が帰ってきたり、悪霊、妖怪や魔女が徘徊すると考えられています。初めのころは、それらから身を守るために仮面をつけたり仮装したりして紛れるという行事で、魔除けにカブを提灯にしていたそうですが、アメリカに伝わってから生産量の多いカボチャに変わったそうです。カボチャをくりぬいて提灯(カボチャランタン)にしたのが有名ですね。この時期、街やお店の飾りはハロウィーン一色となり、関係グッズであふれています。魔女などに仮装した子ども達が「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」と家々を回ります。でも、日本で盛んになったのはまだ最近のことですね。

【JK(ジェイ・ケー)】
「JK」は、Joshi-Kousei (女子高生)の略です。
ちなみに、
F J K = First J Kは、高校1年生のこと。
S J K = Second J Kは、高校2年生のこと。
L J K = Last J Kは、高校3年生のこと。
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教会日記2023.10.25(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第29水曜日のミサ」水曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「年間第29水曜日のミサ」に与りました。今日は給料日です!(^◇^)でも、給料はわが家の財務担当者大臣である妻が管理しています!( ̄◇ ̄;) 私はお小遣いをいただくことになっています(⌒-⌒; )

ミサでは、10月が「ロザリオの月」であることから『アヴェ・マリアの祈り』をお祈りしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
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新約聖書:ルカによる福音書・第6章・第37〜第38節 [聖書]

「『裁いてはならない。
そうすれば、あなた方も裁かれない
人を罪に定めてはならない。
そうすれば、あなたがたも罪に定められない。
赦しなさい。
そうすれば、あなた方も赦される。
与えなさい。
そうすれば、あなたがたも与えられる。
押し入れ、揺さぶり、溢れるほど升の量りをよくして、
あなたがたのふところに入れてもらえる。
あなた方が図るその升で、
あなた方も量り返されるからである。』」
『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
(マタイによる福音書では第7章・第1~第5節です。)

この聖句(イエス・キリストの言葉)は、ルカによる福音書の中で「人を裁くな」という見出しが付いているところです。
自分に対して「罪を犯した人を赦しなさい。」ということです。イエス・キリストの教えは、「隣人への愛」と「人への赦し」です。この聖句は、人を裁くことではなく“赦すこと”を説いています。イエス・キリストは、人が人に寛大であれば、神様はその人が寛大である以上にはるかに寛大であるということです。どんな人でも人生において必ずや「赦してもらいたい。」と願う時がやってきます。その時に赦してもらいたいのなら、自分も普段から人を赦すべきなのです。

かつて、知ってか?無意識か?自己顕示欲か?分かりませんが、「自分がルールブック」あるいは、「自分が裁判長」と思っている、いや、思い込んでいる間違った正義感の強い方がいました。ですから、何かあるとすぐ人を裁くのです。事実、裁かれた犠牲者はたくさんいます。人に対する憐れみや慈しみは一切ありません。自分の考え、行いはすべて正しいと思っているものですから、誰も注意もしなければ、諫めもしません。諫言する立場の人も何も言わなかったですね。言えば<倍返し>になって帰ってきますからね…………嫌な思いをしたくないのが一般的な人間なのです。

ですから、今日のこの聖句は理解できないでしょう。しかし、イエス・キリストは、このような人のためにこそ祈らなければならないと説いています。もちろんその人を赦した上での祈りです。そうです、誰も何も真実を言ってもらえないというのは、本当は哀れな可哀そうな人なのです。そのような人を救うために祈るのです。それに、聖書の別のところでは、「裁きや報復することは神のすること」と教えています。神様が、いかに人間社会に平和を与えようとしているかよく分かる聖句ですね。

ところで、現在の日本では「裁判員制度」があり、私たち信徒はこの聖句との関係で悩むことになると思います。各人の良心に従って判断することになると思いますが、裁判員を辞退することは基本的にはできないことになっています。ただ、法律等で認められた事情がある場合は辞退することは可能です。しかし、宗教上の信条で辞退することは可能なのか?正解はわかりません。私は、死刑制度の廃止に賛成でもあり、裁判員は辞退することにしています。それでも選任されれば、過料を支払ってでも不参加を選択することになります。それは、私には信仰の確固たる信条・信念があり、聖書にある聖句を人生の使命としているからです。
参考:日本カトリック司教協議会・社会司教委員会編「なぜ教会は社会問題にかかわるのかQ&A」のQ30「裁判員制度について………」
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今日の日記2023.10.24(バター餅!) [日記]

仕事帰りのお話し!
小田急線町田駅からJR横浜線町田駅への乗り換え途中にマルイがあります。その1階(建物2階)に催事場があり、そこで秋田県の物産展が開催されていました。その中にお菓子の泉栄堂の「バター餅」が目に止まりました。餅という文字に目がいったのではなく、バターという文字に惹きつけられました(⌒-⌒; ) バター大好き人間の私には、これを見逃すことはできませんでした………ということで買っちゃいました!(^◇^)これは美味い!甘すぎず、ほんのりとしたバターの風味がなんともいえません!
なお、泉栄堂は大正5年創業の老舗です。バター餅はしっかりとした四角形ですが、手に持つとふにゃりと曲がり、原形をとどめないほどのやわらかさです!小麦、そば、卵、乳、バターだけを使用していますから、日持ちはしません。明日中には食べないとね!
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教会日記2023.10.24(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第29火曜日のミサ」火曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「年間第29火曜日のミサ」に与りました。今日は、久しぶりにスーツを着ました。今月末までクールビズ期間ですからブレザーで通してきたのですが、11月からはスーツになりますね。もう着る物は徐々に春秋物と冬物併用になっていきます。

ミサでは、10月が「ロザリオの月」であることから『アヴェ・マリアの祈り』をお祈りしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
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10月はロザリオの月・その10『フランシスカン・ロザリオの祈り』のお話し [ロザリオ日記]

今月10月は、カトリック教会においては「ロザリオの月」です。この記事は、ロザリオ月にあたり8月23日に掲載したものを再掲載いたします。
今日ご紹介するお祈りは、『フランシスカン・ロザリオの祈り(フランシスコ会士のロザリオの祈り)』です。通常の『ロザリオの祈り』とは違いがあり、使用するロザリオも、5連のロザリオではなく7連のロザリオを使用します。私は、毎日の『ロザリオの祈り』は5連のロザリオを使用しますが、時間のある時は7連のロザリオを使用して、このお祈りを唱えます。では、ご紹介いたします!

カトリック教会の修道会であるフランシスコ会に7連のロザリオを使ってのお祈りがあります。正式には『フランシスコ会の冠(コロナ・フランチェスカーナ)』という名称ですが、その起源は15世紀初頭にまで遡ります。そのころの話しですが、聖母マリア様の美しいご像に、野の花で花輪を作り捧げて祈ることに精神的な喜びを感じていた若者がいました。その若者は敬虔な人で、自分の生涯を神に捧げようとフランシスコ会に入りました。しかし、規律ある修道生活の中で聖母マリア様のために花を集める時間がなくなり、ついに花輪を捧げることができなくなってしまいました。

ある晩、自分の召し出し(司祭=神の弟子になること)に悩んでいた時、聖母マリア様が彼の前にご出現されました。聖母は、若い修練者にフランシスカン精神の素晴らしさを思い起こすよう励まし、『ロザリオの祈り』の新しい形として、聖母マリアの喜びの体験を毎日黙想するように勧めました。黙想によってこの若い修練者は、花輪の代わりに祈りの花輪を編むことができるようになり、また、この話しを聞いた他の多くのフランシスコ会士たちはこの祈りを唱えはじめ、瞬く間に修道会全体に広がって、1422年にこの祈りは教会により公式に認められるようになったとのことです。

◯フランシスカン・ロザリオの祈り方は次のとおりです。
お祈りの順番で説明しますと、通常の5連のロザリオを使っての『ロザリオの祈り』のように、最初に『使徒信条』は唱えません。初めから第一の黙想の後に『主の祈り』を1回唱え、『アヴェ・マリアの祈り』を10回唱えます。これを「1連(主の祈り1回 +アヴェ・マリアの祈り10回 )」といいますが、7連ありますから7つの黙想ごとにお祈りします。第七の黙想が終わった後、聖母の御年(72歳)を尊んで『アヴェ・マリアの祈り』を2回唱えます。そして、教皇のご意向に従って『主の祈り』、『アヴェマリアの祈り』と『栄唱の祈り』を1回ずつ唱えてお祈りを終わります。

70年の後、2つの『アヴェ・マリアの祈り』が追加され、合計72の『アヴェ・マリアの祈り』が唱えられるようになったのは、地上のマリアの年齢が、72歳であったという伝説によるものです。ほとんどのカトリック教会の信徒は、5連のロザリオの祈りで「7つの悲しみ」を黙想することに慣れているかもしれませんが、「7つの喜び」も黙想してみましょう。フランシスコ会では何世紀にもわたってこの伝統を継承しているとのことです。

◯7つの黙想は次のとおりです!
フランシスカン・ロザリオの祈りは、聖母マリア様の72年(72歳)のご生涯を10年ごとに分けて、聖母の喜びの一つひとつを黙想してお祈りします。
第一の黙想(第一連:最初の10年)
神の御子、聖霊によっておとめマリアの胎内に宿られる。

第二の黙想(第二連:次の10年で20年)
聖母マリア、エリザベトを訪れ、エリザベトは神の御子とその御母をたたえる。

第三の黙想(第三連:次の10年で30年)
神の御子イエス・キリスト、ベツレヘムの馬小屋でおとめマリアからお生まれになる。

第四の黙想(第四連:次の10年で40年)
幼子イエス、三人の博士の礼拝と捧げ物を受けられる。

第五の黙想(第五連:次の10年で50年)
聖母マリア、少年イエスを神殿の中で見いだされる。

第六の黙想(第六連:次の10年で60年)
主イエス・キリスト、復活の後、聖母に現れ、聖母を慰められる。

第七の黙想(第七連:次の10年で70年)
聖母マリア、御子によって天にあげられ、天地の女王となられる。

◯写真のロザリオは、3本とも私のコレクションですが、右側が7連ロザリオです。
これは、7連(1連は珠1個 + 珠10個)あるのですが、センターピースと十字架の間が5連ロザリオと同じ(珠1個 + 珠3個 + 珠1個)になっています。本物の7連ロザリオは、センターピースと十字架の間が、珠2個 + 珠1個 + 珠1個となっています。
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7連ロザリオは、四ツ谷にある「サン パオリーノ(修道院製品のお店)」で販売していますが、ない時もありますので、ホームページを見て予めお店に問合わせてください。なお、このお店は、聖パウロ修道会のお店ですが、フランシスコ修道会など他の修道会の製品も販売しています。
https://sanpaolino.jp/
◯現在、毎日使っているロザリオです。タウ型十字架です。アンティーク専門店で購入したのですが、お店の方の話しでは、イタリアのフランチェスコ聖堂のあるアッシジで仕入れされたそうです。アッシジは、フランシスコ会の創設者である聖フランシスコの出身地ですね。
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【タウ型十字架】
タウ型十字架は、聖フランシスコ(フランチェスコ)が用いたことで有名ですね。ヘブライ文字とギリシャ文字の19番目の「T(タウ)」(アルファベットの「T」に相当する)の形をしたもので、普通の十字架の上の部分が無い形のものです。一番古い形の十字架とも言われ、旧約聖書では、タウ型の十字は予言者エゼキエルが使用しました。『エゼキエル書』の第9章・第4節に「主は彼にこう仰せられた。町の中、エルサレムの中を行き巡り、この町で行なわれているすべての忌みきらうべきことのために嘆き、悲しんでいる人々の額にしるしをつけよ。」とあります。
この「しるしをつけよ」と書かれているものが、「タウ」の形をした十字架だそうです。横の線が天(神)、縦の線が大地(人間)をあらわし、両者が合流する形で、「真実・言葉・光・善に向かった心」をあらわしているそうです。聖フランシスコのタウには、三つの結び目がついた、紐があり、それは、清貧・貞潔・従順をあらわしています。普通の十字架の形から、上を取り去ったような形の十字架を聖フランシスコが用いた理由は、キリストへの大いなる謙遜をあらわす意味があったと言われています。

◯ご参考です。是非お読みください。
・「10月はロザリオの月」のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-01
・10月はロザリオの月・その2『ロザリオの祈り』を祈りましょう! 
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-03
・10月はロザリオの月・その3『ロザリオを唱える心を深める祈り』のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-05
・10月はロザリオの月・その4「ロザリオの聖母」のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-07
・10月はロザリオの月・その5「聖母のご出現」のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-09
・10月はロザリオの月:その6『ファティマの祈り』
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-10
・10月はロザリオの月・その7「聖具としてのロザリオの選択」のお話し 
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-12
・10月はロザリオの月・その8「ロザリオの奇跡!」のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-14
・10月はロザリオの月・その9「パスツールとロザリオの祈り」のお話し
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2023-10-19
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