今日の日記2023.6.18(父の日!) [日記]

今日は「父の日」でした。
娘夫婦から、私の大好物の魚介詰め合わせセットがプレゼントされました!
感謝です!*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
北海道沖で獲られた魚介ですね。毎日の夕飯が楽しみです!
08030187-DEC4-4DB3-AC41-9F7995B95091.jpegE8757BEF-7353-4282-A969-4423875A868E.jpeg
nice!(0)  コメント(0) 

「祈りの効果・手を合わせる」お話し [祈り]

このブログに過去に何度か掲載しましたが、また再掲載いたします。
あるレストランで、チョコレート・パフェを食べていたら、お隣の席に座っていたお二人の会話が耳に入ってきました。年配の女性お二人でしたが、お話しの内容からすると心理学の学者?精神科医?臨床心理士?心理カウンセラー?のような心理学・精神科関係の専門家の方でした。学会の帰りのようでした………他人の話しを盗み聞きするようで気が引けましたが(; ̄O ̄)「祈り」という言葉が頻繁に出てきましたので、慌ててメモを取り始めました。

お話しの内容を整理・要約すると次のようになります。
①欧米の心理学研究では、宗教との関係の研究が進んでおり、信仰心のある人は孤独感に陥ることが少なく、心も安定するという研究結果が出ている。
②信仰心は幸福感を生み出すことだけでなく、身体の健康にも良い効果を及ぼすことがわかってきている。
③研究で、自然にガンが消えてしまう現象(自然寛解)を経験した人に、その理由についてアンケートを行った結果、「祈り」が68%、「瞑想と運動」が64%、「散歩」が52%、「音楽」が50%となっている。一番多いのが「祈り」。
④実際に「祈られている人」は、そうでない人(祈られていない人)より病状が良くなるという研究報告がある。
⑤手を合わせることによって、心身ともに健康になれるということが、世界的に研究され証明されてきている。
⑥ハーバード大学やコロンビア大学などでは、祈りの研究を精神神経免疫学の立場から解明が進んでいる。
⑦「科学的に説明のつかない、根拠のないことは受け入れられない」という人は多いが、説明はできなくても「結果」は次々と報告されており、祈りには効果があるのは間違いないといえる。
⑧神様がいようがいなかろうが、神様を信じようが信じまいが、願いごとが叶っても叶わなくても、手を合わせることで心も身体も健康になれるのだからやって損はないはず。手を合わせるだけで心が安定する。手を合わせること自体に意味がある。食事の前後、教会で、お寺で、神社で………自宅でも。

“祈り”の大切さ、その重要性及び効果等については、このブログでたくさん記事にしてきました。実際の祈祷文なども掲載してきました。私も経験していますが、祈りは案外と実現・成就するのです。皆さんには信じてもらえないかも知れませんが、本当に「これは奇跡か?」と思うことも度々あります。私だけではありません。でも、もちろんすべて叶う(かなう)わけではありません。

特筆すべきは上記の④です。「祈られている」こと。つまり自分以外の他人のために祈ることも効果があるのです!それも多く人が一人のために集中して祈ると効果も大きく成就しやすくなるようです。私も毎日朝夕に家族の守護と平安だけでなく、ある方の病気の治癒をお祈りしています。この祈りの効果を今は証明できませんが、必ずや治癒が実現・成就すると信じています。
nice!(0)  コメント(0) 

「祈りの大切さ」についてのお話し [祈り]

今日の記事は、過去に何度かこのブログに掲載しましたが、また再掲載いたします。
まず、新約聖書の4つの福音書から、「祈りの成就」についての聖句(イエス・キリストの言葉)を掲載いたします
◯マタイによる福音書:第21章・第22節
「あなた方が信じて祈るなら、求めるものはすべてかなえられる。」

◯マルコによる福音書:第11章・第23~第24節
「しかも心に疑わず、自分の言ったようになると信ずるなら、それは聞き入れられる。それ故、あなた方に言っておく。あなた方が祈り求めるものはすべて、かなえられるものと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」

◯ルカによる福音書:第11章・第9~第10節
「そこで、あなた方に言っておく。求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見出す。たたきなさい。そうすれば開かれる。誰でも求める者は受け、探す者は見出し、たたく者には開かれる。」

◯ヨハネによる福音書:第14章・第13~第14節
「そして、あなた方がわたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。わたしの名によって何かわたしに願うなら、わたしがかなえてあげよう。」
以上『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から

ここに掲載した聖句の前半部分の「祈るならば」、「求めるものは」及び「願うことは」は、後半部分の「得られる(得られた)」、「そのとおりになる」、「与えられる」及び「かなえてあげよう(かなえられる)」となります。願うことも求めることも祈ることの範疇に入ると思いますが、結果はすべて成就するということになりますね。
祈りにおいて大切なことは、神を信じることです。願いがかなうと心の底から信じることです。とことん信じることです。そこには微塵も疑いや不安はないわけです。信じなければ祈りは成就しません。これが信じて熱心に祈り続けると成就するのです。大切なことは、
①信じて祈ること
②熱心に祈ること
③祈り続けること
④同じ内容なら多くの人と祈ること
信じられないかもしれませんが、必ずと言って良いほど願いは成就します。しかし、すべてが成就するわけではありません。もちろん成就しないこともあります。

私は、願い求める祈りが成就すれば、今度は “ 感謝の祈り ” を捧げます。願いの内容が成就しなかった場合、最初は祈りが十分ではなかったのか、祈りが足らない・祈りが弱いのかと思ったりするでしょうが、そうではなく、実は何らかの形で成就しているのです。それが、願ったことの反対・逆になることもあるでしょう。そうすると、私たち人間は「なんだ、神様はきき入れてくださらなかった」とか、「まったく違ったことになった!」とか、「祈らなければよかった!」などと思うものです。人間は弱いのですね。

そうではなく、「これは神様が何か意味をお与えになっている。」又は「これは神様が試練をお与えになった。」と素直に受けとめるべきです。この成就しなかった時こそ、これは神様のご意思だと受けとめるのです。私の経験では、よくよく後になって振り返ってみると、「あの時、お祈りしたことが後になって成就した。」又は「お祈りした内容ではなくてよかった。違ったことが成就してよかった。」ということが何度もありました。ですから、お祈りした結果がどうであろうと、感謝の祈りを捧げることが大切なのです。

祈り・黙想の中で、神様にありのままをすべて告白してさらけ出し………告白する前から神様はすべてをご存知ですが、「なぜお祈りがかなえられないのですか?」という問いも率直でいいのですが、それよりも、私の場合は「この試練に耐えさせてください。」というお願いをします。そのために「私に足らないものは何でしょうか。」………と続けていきます。黙想の中で、いかに神様と対話・お話しができるかですね。
初めは、神様は何も応えてくれません………と感じますが、それは、自分が聴こえないだけで、実は神様は常に語りかけているのです。その語りかける声が聴こえるまでになるは、何度も何度も黙想を続けるしかないですね。そうすると、やがてある日突然のように声を聴いたように感じます。この時、確実に涙が溢れ出ます。私は、きちんと黙想できるまで長い年月がかかりましたというか、まだまだかもしれません。
34A2C355-BE38-4ABC-B52D-5216C0EDAC8E.jpeg
信徒ではない方には、まったく奇妙な話しにしか思えないでしょう。でも、これが神様を信じる信仰だと思います。それが宗教なのですね。聖書の聖句を心に刻み、深くより深く黙想をしていかなければなりません。ですから、時間がない忙しい時には黙想は不向きというか、黙想はできないですね。一日の中で、一番適当な時間は寝る直前です。心静かにして気持ちを落ち着けることが大切です。それと、部屋の環境も大切です。音は禁物ですし、明かりも少し暗いくらいがいいてすね。私はローソクの灯火だけにしています。その日の感謝のお祈りをしてから、願うお祈りに入っていき、聖書の聖句を黙想していきます。
必ずや成就することを信じて。
祈りましょう 。
nice!(0)  コメント(0)