今日の日記2024.1.6(初ラーメン!) [日記]

今日のお昼は、町田市街にある「熱血食堂すわ」で、新年初となる味噌ラーメンを白髪ネギをトッピングして食べました!やっとお節料理から解放されました〜(⌒-⌒; ) これは美味い!
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教会日記2024.1.6(カトリック成城・聖タデオ教会「主の公現の祭日のミサ」土曜日) [教会日記]

今夜は、カトリック成城・聖タデオ教会で、18時からの「主の公現の祭日のミサ」に与りました。日中は少し暖かくても夜はさすがに寒いですね。でも能登半島地震で被災された皆さんのことを思えば、寒いなんて言ってられません!今日もミサの中で被災者の皆さんに主の平安とお恵みがありますようにとお祈りしました。
◯今日は、ミサの前の17時から30分間、来週13日(土)のミサで聖歌奉仕(聖タデオ聖歌隊)を務める聖歌の練習をしました。
入祭の歌:典礼聖歌集・第76番「神よあなたのことばは」
答唱詩編:典礼聖歌集・第54番「神のみ旨をおこなうことは」①②③
アレルヤ唱:典礼聖歌集・第271番(油注がれた者)
奉納の歌:典礼聖歌集・第61番「神は残された不思議なわざの記念を」
拝領の歌:典礼聖歌集・第162番「喜び歌え神に叫びをあげよ」
拝領後の歌: 典礼聖歌集・第388番「ガリラヤの風かおる丘で」

ミサでは祭壇奉仕(侍者)を務め、「主の公現」の祭日を祝いお祈りしました。また、登半島地震でお亡くなりになられた方の永遠の安息をお祈りし、被災された皆さんに主の平安とお恵みがありますようお祈りし、そして、被災地が一刻も早く復興できるようにとお祈りいたしました。
そして、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私たちの父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私たちの主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
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チャールズ・ディケンズのことば(第1日目) [キリスト者(クリスチャン)]

「この世に生きる価値のない人などいない。人は誰でも、誰かの重荷を軽くしてあげることができるからだ。」

チャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ(イギリス:1812年~1870年)は、イギリス・ヴィクトリア朝時代を代表する小説家です。主に下層階級を主人公とし弱者の視点で社会を諷刺した作品を発表しています。ディケンズ家は中流階級の家庭でしたが、父親は金銭感覚に乏しく、一家は貧しかったようです。チャールズが10歳のときに一家はロンドンに移りますが、濫費によって12歳のときに生家が破産します。父親は借金不払いのために収監され、チャールズは親戚の靴墨工場へ働きに出されました。工場での仕打ちはひどく、彼の精神に深い傷を残したそうです。

新聞記者を務めるかたわら、発表した作品集『ボズのスケッチ集(英語版)』が世に出ます。イギリスの国民作家とも評されていて、1992年から2003年まで用いられた10UKポンド紙幣に肖像画が描かれているほどです。英語圏では、彼の本、そして彼によって創造された登場人物が根強い人気を持って親しまれており、『オリバー・ツイスト』、『クリスマス・キャロル』、『デイヴィッド・コパフィールド』、『二都物語』や『大いなる遺産』などは、忘れ去られることなく現在でも度々映画化されており、英語圏外でもその作品が支持され続けていることを反映しています。晩年は創作力の衰えと並行して執筆を離れて公開朗読に熱中し、過労で死期を早めたそうです。1870年6月9日、ケント州の自宅で脳卒中により死去し、58年の生涯を閉じました。
クリスチャンらしい言葉ですね。大切なことは、すべての人が誰かのために尽くすことができるのです。これは「善き行い」の基本ですね。これぞイエス・キリストが説く「隣人愛」なのです。

◯新約聖書:マタイによる福音書・第11章・第28〜第30節に、次の聖句(イエス・キリストの言葉)があります。チャールズ・ディケンズの言葉は、イエス・キリストの聖句のようになりなさいと諭しているのですね。
「労苦し、重荷を背負っている者はみな、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしの心は柔和で謙遜であるから、わたしの軛(くびき)を受け入れ、わたしに学びなさい。そうすれば、あなた方は魂の安らぎを見出す。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
『原文校訂によるフランシスコ会聖書研究所訳注聖書』から
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