結婚式で朗読される聖書の聖句 [聖書]

次に掲載するのは、結婚式で朗読するのに適当な聖書の聖句(イエス・キリストの言葉、聖書の言葉)です。2019年5月5日に掲載した記事を再掲載いたします。
結婚式で朗読される聖句の中でも新約聖書の「コリントの人々への第一の手紙:第13章・第4節~第8節」は、結婚式で司式する多くの司祭(神父様)が朗読することで有名なところですね。なお、掲載した聖書の聖句は、『新共同訳聖書』ではなく、『原文校訂による口語訳フランシスコ会聖書研究所訳註聖書』を採用しました。理由は、この聖書の訳が一番わかりやすいからです。

◯ヨハネによる福音書:第15章・第12節~第15節・第17節
「互いに愛し合いなさい」
わたしがあなたがたを愛したように、
あなた方が互いに愛し合うこと、
これがわたしの掟である。
友のために命を捨てること、
これ以上の愛を人は持ちえない。
わたしの命じることを行うなら、
あなた方はわたしの友である。
もう、わたしはあなた方を僕とは呼ばない。
僕は主人が何をしているか、
知らないからである。
わたしはあなた方を友と呼ぶ。
わたしは、父から聞いたことはすべて、
あなたがたに知らせたからである。
あなた方が互いに愛し合うこと、
これをわたしはあなた方に命じる。

◯ローマの人々への手紙:第12章・第9節~第18節
「生活の基本原理である愛」
愛には偽りがあってはなりません。
悪を忌み嫌い、善から離れてはなりません。
互いに兄弟愛をもって心から愛し、
競って尊敬し合なさい。
熱心で怠らず、心を燃やし、主に仕え、
希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、
弛まず祈りに励みなさい。
聖なる人々の貧しさを自分のものと考えて力を貸し、
手厚く人をもてなしなさい。
あなたがたを迫害する者の上に祝福を願いなさい。
祝福を願うのであって、呪いを求めてはなりません。
喜ぶ者とともに喜び、
泣く者とともに泣きなさい。
互いに思いを一つにし、高ぶらず、
身分の低い人々の仲間となりなさい。
自分は賢い者だとうぬぼれてはなりません。
誰に対しても悪に悪を返さず、
すべての人の前で善いことを行うよう心がけなさい。
できることなら、あなた方の力の及ぶかぎり、
すべての人と平和に暮らしなさい。

◯コリントの人々への第一の手紙:第13章・第4節~第8節
「最高の道である愛」
愛は寛容なもの、
慈悲深いものは愛。
愛は、妬まず、高ぶらず、誇らない。
見苦しい振る舞いをせず、
自分の利益を求めず、怒らず、
人の悪事を数え立てない。
不正を喜ばないが、
人とともに真理を喜ぶ。
すべてをこらえ、すべてを信じ、
すべてを望み、すべてを耐え忍ぶ。
愛は、決して滅び去ることはない。

◯フィリピへの手紙:第2章・第1節~第4節
「相互の愛と謙遜」
キリストに結ばれていることによって、
それがあなた方にとって励ましとなり、
また、神に愛されていることが慰めとなり、
あなた方に、霊による交わりがあり、
人に対する思いやりの心があるなら、
どうか、互いに同じ思いを抱き、同じ愛を持もち、
心を合わせ、思いを一つにして、
わたしを喜びで満たしてください。
対抗意識をもったり、見栄をはったりでず。
へりくだって、互いに相手を、自分よりすぐれた者と思いなさい。
各々、自分のことだけでなく、
他人のことも目を向けなさい。

◯コロサイの人々への手紙:第3章・第12節~第15節
「古い人を脱ぎ新しい人を着る」
あなた方は神に選ばれた者。
聖なる者、愛されている者として、
思いやりの心、親切、へりくだり、優しさ、
広い心を身にまといなさい。
互いに耐え忍び、誰かに不満があったとしても、
互いに心から赦し合いなさい。
主があなた方を心から赦してくださったように、
あなたが方もそうしなさい。
これらすべてのことの上に愛をまといなさい。
愛は、完全さをもたらす帯です。
そして、キリストの平和にあなた方の心を支配させなさい。
あなた方が一つの体に結ばれる者として招かれたのも、
この平和のためなのです。
そして、感謝の人となりなさい。
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教会日記2023.3.4(カトリック相模原教会「四旬節第一土曜日のミサ」土曜日) [教会日記]

今日は、カトリック相模原教会での7時からの「四旬節第一土曜日のミサ」に与りました。私の所属するカトリック成城・聖タデオ教会もコロナ渦前は土曜日の「平日のミサ」を行っていたのですが、現在はまだコロナ渦にあるということで行っていません。ですから、今は自宅から一番近い相模原教会でお世話になっています。door-to-doorで片道約20分〜25分ですね。自宅の北方向にあるカトリック八王子教会も、ほぼ同じ時間くらいのところにあります。随分と前から膝を痛めており、最近は腰も痛めていることから、今の私には近い教会がありがたいですね。今日も清々しい朝を迎えています。

ミサでは、まず、主を讃える祈りです。
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と祈り、
そして、主に感謝です。
「今日も清々しい朝を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」

次に、主により頼む祈りです。
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と祈り、

そして、主に派遣の祈りです。
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と祈り、

終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』です。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と祈りました。
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小倉昌男のことば [キリスト者(クリスチャン)]

「『なんでだろう』から、仕事は始まる。

小倉昌男(東京都:1924年~2005年)は、プロテスタント教会(救世軍)のクリスチャンで、日本の実業家、大和運輸(現、ヤマトホールディングス)の代表取締役社長、会長を務め、ヤマト運輸の『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親です。

1971年、父親の後を継いで社長に就任し、オイルショック後に低迷していた大和運輸の業績回復のため、『宅急便』の名称で民間初の個人向け小口貨物配送サービスを始めました。
サービス開始当時は関東地方のみでしたが、その後、配送網を全国に拡大し、ヤマト運輸(1982年に商号変更)が中小の会社から売上高一兆円の大手運輸会社に発展する基礎を築きました。また、1995年に会長を退任し、ヤマト福祉財団理事長として障害者が自立して働く場所作りに取り組みました。
この言葉は,何事にも常に疑問を持つことの重要性を述べています。疑問をもとことは、ものの本質を見逃さないことにつながりますね。さすが経営者の言葉です。

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