紅茶日記2023.1.4(夕方のティータイム!) [紅茶日記]

今日は、仕事が終わってから、カトリック三軒茶屋教会での18時30分からの「主日のミサ」に与るために、三軒茶屋(西太子堂)に来ました。ミサの開式までに1時間ほどありましたから、カボチャスイーツ専門店『カボチャ』に寄って、ミサ前ですからケーキなどは食べず、紅茶(アールグレイ)を飲みました。カボチャケーキなど、カボチャのスイーツがいっぱいあるお店です!次に来る時は、スイーツ食べます!
◯お店の正面です。東急世田谷線西太子堂駅から徒歩3分の世田谷通り沿いにあります。
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◯器が、紅茶でもコーヒーでも、すべてカボチャ型のカップです!お砂糖もかわいいですね。たっぷり入って、とても美味しかったです!(^◇^)
カボチャ型のティーカップです。
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お砂糖もかわいいですね。
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アールグレイは美味しかったです!
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教会日記2023.2.4(カトリック三軒茶屋教会「主日のミサ」土曜日) [教会日記]

今日は、仕事が終わってから世田谷区三軒茶屋二丁目にあるカトリック三軒茶屋教会の18時30分からの「主日のミサ」に与らせていただきました。三軒茶屋教会でミサに与るのは、2018年10月6日(土)の「主日のミサ」に与って以来、約4年4か月ぶりとなりました( ̄▽ ̄;) コロナ渦になってからは足が遠のいていました。なお、2020年5月22日(金)に『ロザリオの祈り』をお祈りしに来ています。
◯聖堂内を入口から撮影しました。まだ、開式30分前ですから2〜3人しかいません。信徒の皆さんはこれからですね。
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主日のミサは、聖歌奉仕活動がない限り、土曜日に与ることにしています。日曜日は、家族は信徒ではないので貴重な家庭サービス(奥様孝行)の日であり、平日にできないいろいろな諸用もあって、基本的に主日のミサは土曜日に与ることにしています。
また、土曜日が仕事の場合、職場が世田谷区世田谷四丁目にあって終業定時が17時ですので、17時にすぐ退勤できれば、成城教会の18時からの主日のミサ(現在はコロナ渦で16時に変更)に与り、17時15分を超えた場合は、三軒茶屋教会の18時30分からの主日のミサに与り、18時を超えた場合は、京王線沿線にある松原教会、調布教会又は東急田園都市線沿線にある田園調布教会の19時からの主日のミサに与り、時間的に最後の教会となるのは、自宅が町田市ということもあって小田急線沿線にある厚木教会の19時30分からの主日のミサ(現在はコロナ渦で変更)に与ることにしています。土曜日に働く信徒にとっては、遅い時間にミサを開式する教会があると非常に助かりますね。

ミサでは、まず、主を讃えるお祈りです。
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と祈りました。
そして、主に感謝です。
「今日も新しい日を迎えさせていただき、ご聖体を拝領させていただいたことを感謝申し上げます。」

次に、主により頼むお祈りです。
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と祈りました。

次に、派遣のお祈りです。
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と祈りました。

終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』です。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と祈りました。
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三浦綾子のことば(第1日目) [キリスト者(クリスチャン)]

「9つまで満ち足りていて、10のうち1つだけしか不満がない時でさえ、人間はまずその不満を真っ先に口から出し、文句を言い続けるものなのだ。自分を顧みてつくづくそう思う。なぜ私たちは不満を後回しにし、感謝すべきことを先に言わないのだろう。」

この言葉は、三浦綾子さんの言葉です。このブログを2012年2月12日に初めて立ち上げた日に最初に掲載した言葉でした………早いもので、あれから約11年となります。今日から2018年5月24日から10日間連載した記事を再掲載いたします。最近はあまり掲載していませんが、このブログでは三浦綾子さんの言葉が一番多く掲載されています。今日の言葉は、だれもが共感する言葉ですね。私の自戒とする言葉です。

三浦綾子さん(北海道旭川市:1922年~1999年)は、日本の女性作家(クリスチャン作家)で、キリスト教プロテスタントのクリスチャンです。キリスト教の信仰に生涯を捧げた、私がもっとも尊敬する方の一人です。
旧姓は堀田。結核の闘病中に洗礼を受けた後、作家活動(創作)に専念するようになりました。故郷の北海道旭川市には、「三浦綾子記念文学館」があります。1922年4月25日(大正11年)に北海道旭川市に生まれ、両親と九人兄弟姉妹と共に生活し、1939年に旭川市立高等女学校卒業。その後、旭川市で7年間小学校教員を勤め、終戦によりそれまでの国家のあり方や、自らも関わった軍国主義教育に疑問を抱いて退職。このころ肺結核を発病し、1952年に結核の闘病中に小野村林蔵牧師より洗礼を受け、1959年に旭川営林局勤務の三浦光世氏と結婚されました。

1961年、『主婦の友』募集の第1回「婦人の書いた実話」に「林田律子」名義で『太陽は再び没せず』を投稿し入選。翌年、『主婦の友』新年号に「愛の記録」入選作として掲載され、1963年、朝日新聞社による大阪本社創刊85年・東京本社75周年記念の1000万円(当時の1000万円は莫大な金額でした)懸賞小説公募に、小説『氷点』を投稿。これに入選し、1964年12月9日より朝日新聞朝刊に『氷点』の連載が始まりました。この『氷点』は、1966年に朝日新聞社より出版され、71万部の売り上げを記録。大ベストセラーとなり、1966年には映画化(監督:山本薩夫・出演:若尾文子)されました。また、数度にわたりラジオドラマ・テレビドラマ化されています。ちなみに、日本テレビ系番組『笑点』は、このころベストセラーであった『氷点』をもじって題名を取ったと言われています。

三浦綾子さんは、若いときに自殺未遂をし、結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病など度重なる病魔に苦しみながら、1999年10月12日に多臓器不全により77歳で亡くなるまでクリスチャンとしての信仰に根ざした著作を次々と発表しました。他のクリスチャン作家、音楽家の多くが彼女の影響を受けています。
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私が最も尊敬し敬愛している作家です。作品はほとんど読みました。自室には色紙(写真)を飾っています。三浦綾子さんは、色紙を求められると「愛は忍ぶ」と「清心」を好んで書かれたそうです。平成24年5月、社会活動のため、札幌市に行った帰りに旭川市に寄って念願の「三浦綾子記念文学館」を訪問し、夫の三浦光世氏にお会いしました。
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