「悔い改めの祈り」 [祈り]

今日は、悔い改めの祈りのご紹介です。
このブログに何度も掲載しましたが、再び掲載いたします………といういか、何度でも掲載いたします!先日、カトリック麹町・聖イグナチオ教会で、「赦しの秘蹟」を授かった時にもこのお祈りをしました。
罪びとの私にとっては、日々大切なお祈りなのです。カトリック教会をはじめ、キリスト教会の信徒にはお馴染みのお祈りですが、信徒ではない一般の方には、聖書を読んでないと馴染めないかも知れませんね。でも、悔い改めの心はどのような人も同じです。とにかくお祈りしましょう!

◯口語祈祷文
『悔い改めの祈り』
「神よ、わたしは罪を犯して、
心から愛しているあなたに背いたことを深く悔やんでいます。
御子(おんこ)イエス・キリストが
十字架の上で流した御血(おんち)によって、
わたしの犯した罪をお赦しください。
お恵みによって心を改め、
ふたたび罪を犯して
あなたの愛に背くことのないように決心いたします。
アーメン」

◯文語祈祷文
『痛悔の祈り』
「ああ、天主、われ、主の限りなくきらい給う罪をもって、
限りなく愛すべき御父(おんちち)に背きしを深く悔やみたてまつる。
御子(おんこ)イエスズ・キリストの
流したまえる御血(おんち)の功徳によりって
わが罪を赦し給え。
聖寵(せいちょう)の助けをもって今より心を改め、
ふたたび罪を犯して、
御心(みこころ)に背くことあるまじと決心たてまつる。
アーメン」
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教会日記2023.2.27(カトリック成城・聖タデオ教会「四旬節第一月曜日のミサ」月曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会での早朝7時からの「四旬節第一月曜日のミサ」に与りました。四旬節に入っています。土曜日に「赦しの秘蹟」で今までの罪を告解してお赦しをいただき、リセットされた新しい気持ちで信仰生活を再出発させます。今日も清々しい朝を迎えています。

ミサでは、まず、主を讃えるお祈りです。
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と祈りました。
そして、主に感謝です。
「今日も清々しい朝を迎えさせていただき、
ご聖体を拝領させていただいたことを感謝申し上げます。」

次に、主により頼むお祈りです。
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と祈りました。

次に、派遣のお祈りです。
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と祈りました。

終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』です。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と祈りました。
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三浦綾子のことば(第8日目) [キリスト者(クリスチャン)]

「人間怒るべきことに、怒りを感じないようではいけない。が、怒りは長年連れ添った夫婦でさえ別れさせ、親子でさえ遠く引き離し、友をも失わせてしまうものだということだけは知っていなければならない。たとえ、怒らずに冷静に忠告されてさえ、傷つくほど、人は弱いものなのだから。」
『太陽はいつも雲の上に』から

三浦綾子さんのことは、「三浦綾子のことば(第1日目)2023.2.4」をご覧下さい。
私達が、日々の日常生活の中で一番陥りやすい罪が「怒り・(憤怒・激高)」です。キリスト教カトリックの教えでは、「怒り」は、“七つの大罪”の一つで、①色欲・肉欲、②貪欲・強欲、③怠惰・堕落、④傲慢・高慢、⑤怒り(憤怒・激高)、⑥嫉妬・羨望、⑦貪食・大食と同じく大罪なのです。罪を犯してはいけません。クリスチャンであれば尚更のことですね。

人間はいとも簡単に怒ってしまいます。それも、一番言いやすい(言い方を変えると「怒りやすい」)対象である家族、友人や職場の同僚(部下)に対して怒ることが多いのではないでしょうか。怒りをたとえ口に出さなくても顔に出せば同じことですね。最近は、職場で同僚(部下)に怒ると「パワハラ」と言われてしまいます。これは私の職場では、「ハラスメント委員会」に訴えられて懲戒になってしまいます。

怒りは自己中心的ものがほとんどであり、ストレス発散じゃあるまいし、自己満足させるためのもの以外に他なりません。そして、人を悲しませたり、悩ましたりして傷つけてしまい、結果的に人間関係を最悪にしてしまうのです。怒りをコントロールできる人は、人間関係も良好なものです。最近、私は怒りを感じると、心の中で神様に「どうか怒らないですみますように!」と祈ります。人間は弱いものですね。
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