今日の日記2024.3.12(妻の誕生日!) [日記]

今日3月12日は、妻の60回目の誕生日です。
妻もついに還暦を迎えました~(⌒-⌒; )
私は数えで66歳ですから、歳の差6歳夫婦です。
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仕事帰りに、赤いバラの花を4本とバースデーケーキを買いました!
赤いバラの花言葉は “ あなたを愛しています ” です。
バラの花4本は “ 死んでも私の愛は変わりません ” という意味です。
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教会日記2024.3.12(カトリック成城・聖タデオ教会「四旬節第四火曜日のミサ」火曜日) [教会日記]

今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「四旬節第四火曜日のミサ」に与りました。
カウントダウン:定年退職(3月31日)まで、あと18日です。
昨日よりも暖かい朝を迎えています。天気予報では、午前中から雨天になり一日中降るようですね。花粉症の私としては嬉しい恵みの雨となります!(^◇^)

ミサでは、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。

そして、
「天におられる私たちの父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私たちの主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、

そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。

終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
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旧約聖書:シラ書(集会の書)・第19章・第13〜第17節 [聖書]

「友に問いただせ。
彼は、何もしていないかもしれない。
何かしていたとしても、二度とはしなくなるだろう。

隣人に問いただせ。
彼は、何も言っていないかもしれない。
何か言っていたとしても、二度と繰り返さないだろう。

友人に問いただせ。
しばしば中傷にすぎないものだ。
噂は一切信じるな。
心ならずも口を滑らせてしまう者もいる。

自分の舌で罪を犯したことがない者がいるだろうか。
隣人を脅す前に、問いただせ。
あとは、いと高き方の律法に任せよ。」
『聖書協会共同訳聖書』から

“ 噂(うわさ)話し ” が好きな人は多いですね~。噂話しのほとんどは人の悪口ばかりです。しかも、本当のことではなく嘘の場合が多いですね。また、本当のことであっても尾ひれが付いて、勝手に話しが大きくなっているのです。この聖句(聖書の言葉)のとおり、大切なことは噂話しをする前に、噂の主人公になっている当事者本人に聞くことです。

しかし、あえて・わざと・進んで噂をする人がいますが、それは人として絶対にしてはいけない「悪意」です。人を陥れるような悪意は、絶対にしてはいけないのです。そして、自分が噂話しの主人公になるのが嫌だったら、他人の噂話しは絶対にしないことですね。普段から気を付けなければならないことであり、私はいつも自戒としている言葉です。

私もよく噂をされます………というか根拠のない誹謗中傷ですね。まったくないことを本当のごとく噂され、周りの人たちは、嘘の内容を信じているわけです。そして「なんだあいつは悪いやつだ!けしからん!」と批判されるわけです。初めは「何とかして無実をはらさなければ!」とよく思ったのですが、今はそのようなことは思わなくなりましたね。

それは、この聖句の最後にある「いと高き方の律法に任せよ。」とあるからです。すべてを見ておられる神様に委ねなさいということです。今は信仰のお陰で「神様が本当のことを知っておられる。」と確信できるようになりましたから、まったく気にしなくなりました。それに、偽りを言う悪意のある人は、神に厳しい報い・裁きを受けることになります。

【尾ひれ(尾鰭)が付く】
一般的に多い意味(解釈)は、「話が伝わる間に、実際にないことが付け加わって大げさになること。」というものです。しかし、この解釈ですと、元々魚には尾鰭(おひれ)は付いているのに、さらに(もう一つ)付けることになるということですが、実際に尾鰭はないことではなく尾鰭はあるわけです。
私はこのような解釈ではなく、次の解釈を推奨します。
「本体となるものに付帯している部分。特に、話題に付け加えられる事柄。おまけ。」
尾鰭は魚本体の最後尾に付いているもので、いわば魚本体ではないわけです。尾鰭が「実際にないこと」ではなく、「本体となるものに付帯している」ということで、「尾鰭が目的なのではない」ということですね。あくまでも尾鰭は ” おまけ ” なのです。 つまり、「話に尾鰭がつく」とは、「誇張」とか「大げさ」という表現は否定しませんが、それよりも「本題以外のいらない部分が増える」ということですね。質的に膨らむこともありますが、単に量的に膨らむことを意味すると解釈します。なんか日本語を難しくしちゃいました?( ̄▽ ̄;)
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