教会日記2019.9.20(カトリック田園調布教会「平日のミサ」金曜日) [教会日記]

今はお昼休みです。
今朝は、カトリック田園調布教会の7時からの平日のミサに与りました。田園調布教会での早朝ミサは、8月17日(土)から6週連続の訪問となります。毎週土曜日にお伺いさせていただいていたのですが、明日の土曜日は、仕事の関係で早く出勤しなけれはならず、今日になりました。田園調布教会は、ミサの前に「聖務日課」のお祈りを行っており、今一つ祈り方のわからない私には、一緒にお祈りさせていただいて大変勉強になっています。

ミサでは、「聖アンデレ金と同志殉教者」の記念日をお祈りしました。そして、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、同僚の病が癒されますように、同僚のお嬢さんの病が完治しますようにと心を込めてお祈りしました。

そして、今日はフランシスコ教皇訪日に際して行われる「教皇ミサ・イン・東京(東京ドーム)」の応募申込み受付開始日(午前11時から)です。先ほどカトリック中央協議会ホームページの特設サイトで申込みをしました。先着順ではありませんので、定員をオーバーした時は抽選となります。応募締切は10月15日です。結果はまだ先ですね~。
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新約聖書:コロサイの人々への手紙・第3章・第8〜第16節 [聖書]

「しかし、今はもう、これらすべてのこと、すなわち怒り、憤り、悪意を捨て去り、ののしりや顔を赤らめるような言葉を口にしてはなりません。互いに欺いてはなりません。あなた方は古い人とその行いを脱ぎ捨て、深い知識へ進むようにと、創造主の姿にかたどって絶えず新しくされる新しい人を身にまとっているのです。そこにはもはやギリシア人もユダヤ人も、割礼を受けた者も受けていない者もなく、未開人とスキタイ人、奴隷と自由の身の区別もありません。キリストこそがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。
ですから、あなた方は神に選ばれた者、愛されててる者として、思いやりの心、親切、へりくだり、優しさ、広い心を身にまといなさい。互いに耐え忍び、誰かに不満があったとしても、互いに心から赦し合いなさい。主があなた方を心から赦してくださったように、あなた方もそうしなさい。これらすべてのことの上に愛をまといなさい。愛は完全さをもたらす帯です。そして、キリストの平和にあなた方の心を支配させなさい。あなた方が一つの体に結ばれる者として招かれたのも、この平和のためなのです。そうして、感謝の人になりなさい。キリストの言葉をあなた方のうちに豊かに宿らせなさい。」

久しぶりに「コロサイの人々への手紙」です。この手紙は、フリギア地方の古代都市コロサイにいるキリスト教の信徒達の共同体に送った手紙です。この地方に間違った教えが広まりつつあったことに対する、誤った教えを論破するために書かれました。使徒パウロの死後に書かれたものです。キリスト教の信徒ではない方でも理解しやすい内容であると思います。

すべての罪の表れである怒り、憤り、悪意を捨て去り、罵り(ののしり)や顔を赤らめるような言葉と決別して、主イエス・キリストの教えに従って、人間の差別なくすべての人に思いやりの心、親切、へりくだり、優しさ、広い心を身に着けるよう説いています。人間として大切なのは「思いやりの心」です。人に対する思いやりの心や優しさを持つことです。

そして、イエス・キリストの最も重要な教えである「愛」と「赦し」です。愛を身にまとう人になること=愛のある人になりなさい、人を赦すことのできる人になりなさいと説いておられます。そして、「平和」です。平和を享受する人ではなく、自分を平和に支配させ、平和を生む人=平和を作る人になりなさいと説いておられます。愛と赦しによる平和です。

【顔を赤らめるような言葉】
「エッチな言葉」ということですね。エッチ (H)とは、性的にいやらしい様(性的に露骨なこと)又はそういう人を指す日本語の俗語です。エッチ(H)は、Hentai(変態)の頭文字からです。
(⌒-⌒; )
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