支援活動日記2020.2.20(山谷夜回りの会活動) [支援活動日記]

今夜は、仕事が終わってからホームレス支援活動グループ「山谷夜回りの会」の活動に参加しました。昨年の10月に、約5年半ぶりに支援活動に復帰(再開)してから今日で8回目、前回(2月6日)は体調不良でお休みさせていただきました。
「山谷夜回りの会」は、東京の寄せ場地域(日雇い労働者の町)である山谷地区で暮らす野宿者(ホームレス)の皆さんに、おむすびや生活に必要な物資を夜回りしてお届けしている団体です。第一・第三木曜日の19時30分にJR南千住駅改札前に集合し、おにぎりや日用品などをホームレスの皆さんに届けます。「山谷夜回りの会」の詳細は、ホームページ(休止している?)をご覧ください。
https://yomawari.yomibitoshirazu.com/
今夜も台東区端の泪橋交差点から少し歩いた所にある、約200mの<いろは商店街(以前はアーケード商店街でした)>に、ビニールシートで寝ている方を含めて60〜70人ほどのホームレスの皆さんが私達を待っていました。以前は毎回120人ほどはいらしたのですが。景気が良くなって随分少なくなりました。集まった10人でホームレスの皆さんに、おにぎり、ホカロン(ホッカイロ)、タオル、石鹸、歯ブラシ、髭剃り、毛布、靴下、上下の下着類、ジャケット類、ズボン類、毛糸のマフラーなどをお配りしました。毎回のことですが、若い大学生の方が支援活動のお世話役として参加されており、きちんとした使命感を持って支援活動に取り組んでいるお姿は立派なものですね。

このようなブルーシートをテントにして寝れる方はよい方です。ほとんどの方は段ボールの囲いがあるだけですから。
D146108C-FCFF-4523-8E3A-1DA4B9A1163C.jpeg
1月~2月は一年で一番寒い時期ですが、夜にこのような活動をしていると今年は暖冬だと感じます。もうすぐ春ですね。少しづつですが暖かくなってきます。でも、まだまだインフルエンザや新型肺炎などの病気も心配されますから注意が必要です。ホームレスの皆さんの生活環境は、経済的なことだけでなく衛生的にも極めて悪い環境にあります。寝るところが路上となる方がたくさんいらっしゃいますから、特に明け方の冷え込みは過酷です。体調管理には充分に気を付けていただきたいですね。活動が終了して反省会を行って21時ごろに解散し、今は帰りの電車の中です 。
nice!(0)  コメント(0) 

教会日記2020.2.20(カトリック成城教会「平日のミサ」木曜日) [教会日記]

今日は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城教会の7時からの平日のミサに与りました。もうすぐ春が到来しますが、今朝も寒いですね〜。でも、私は清々しい朝を迎えています!

6時50分から「お告げの祈り」をお祈りし、7時からのミサでは、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、行方不明となっている小学一年生の小倉美咲ちゃんが、元気な姿で両親の元に帰れるようにお祈りし、同僚の病が癒されますように、同僚のお嬢さんの病気が完治しますようにと心を込めてお祈りしました。
さぁ、これから仕事です!
nice!(0)  コメント(0) 

旧約聖書の詩編・箴言&新約聖書における「平和」の記載箇所 [聖書]

聖書に記載されている聖句(イエス・キリストの言葉)や使徒(弟子)達の言葉は、私達キリスト者にとってすべて大切な言葉ですが、その中でも特にイエス・キリストが説いておられる教えは、まず「隣人への愛」です。そして「人への赦し」です。この2つのあるところに「平和の実現」があります。
その「平和の実現」ですが、ミサの司式の中にも出てきますね。司祭(神父様)がミサの中で、「主の平和がいつも皆さんと共に。」とおっしゃると、信徒が「また司祭と共に。」と言って、続いて司祭の「お互いに平和の挨拶をしましょう。」という言葉で、信徒は「主の平和」と言ってから、まわりにいる人に「主の平和」と言いながら挨拶をします。また、ミサの一番最後で、司祭による「派遣の祝福」で、司祭が「行きましょう、主の平和のうちに。」という言葉があります。ミサにおいて「主の平和」とあるのは、いかに平和が大切であるかということを物語っていますね。聖書に掲載されている「平和」の単語が出てくるのは、だいたい次のとおりです。

◯旧約聖書
詩編:第34編・第15節
「悪を避け、善を行い/平和を尋ね求め、追い求めよ。」

詩編:第37編・第11節
「貧しい人は地を継ぎ/豊かな平和に自らをゆだねるであろう。」

詩編:第37編・第37節
「無垢であろうと努め、まっすぐに見ようとせよ。平和な人には未来がある。」

箴言:第3章・第2節
「わが子よ、わたしの教えを忘れるな。わたしの戒めを心に納めよ。そうすれば、命の年月、生涯の日々は増し/平和が与えられるであろう。」

箴言:第12章・第20節
「悪を耕す者の心には裏切りがある。平和を勧める人の心には喜びがある。」

◯新約聖書
マタイによる福音書:第5章・第9節
「平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。」

マタイによる福音書:第10章・第12~第13節
「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。」

マルコによる福音書:第9章・第50節
「塩は良いものである。だが、塩に塩気がなくなれば、あなたがたは何によって塩に味を付けるのか。自分自身の内に塩を持ちなさい。そして、互いに平和に過ごしなさい。」

ルカによる福音書:第2章・第14節
「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心(みこころ)に適う人にあれ。」

ヨハネによる福音書:第14章・第27節
「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」

ヨハネによる福音書:第16章・第33節
「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

ローマの信徒への手紙:第2章・第10節
「すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。」

ローマの信徒への手紙:第8章・第6節
「肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。」

ローマの信徒への手紙:第12章・第18節
「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。」

ローマの信徒への手紙:第14章・第17節
「神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。」

ローマの信徒への手紙:第14章・第19節
「だから、平和や互いの向上に役立つことを追い求めようではありませんか。」

コリントの信徒への手紙第二:第13章・第11節
「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。」

ガラテヤの信徒への手紙:第5章・第22~第23節
「これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。」

エフェソの信徒への手紙:第2章・第14~第16節
『実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。』

エフェソの信徒への手紙:第4章・第3節
「平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。」

コロサイの信徒への手紙:第1章・第20節
「その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。」

コロサイの信徒への手紙:第3章・第15節
「また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」

テモテへの手紙第二:第2章・第22節
「若いころの情欲から遠ざかり、清い心で主を呼び求める人々と共に、正義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。」

ヘブライ人への手紙:第12章・第11節
「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」

ヘブライ人への手紙:第12章・第14節
「すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。」

ヤコブの手紙:第3章・第18節
「義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。」

ペトロの手紙第一:第3章・第11節
「悪から遠ざかり、善を行い、/平和を願って、これを追い求めよ。」

ヨハネの手紙第二:第3節
「父である神と、その父の御子イエス・キリストからの恵みと憐れみと平和は、真理と愛のうちにわたしたちと共にあります。」
以上です。
nice!(0)  コメント(0)