「絶えざる御助けの聖母」のメダイ [絶えざる御助けの聖母]

「絶えざる御助け(おんたすけ)の聖母」のメダイ3種類です。左側のメダイはなかなか精巧に造られています。すべてイタリア製です。着けてはいませんが、大切なおメダイです。
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新約聖書:ヤコブの手紙・第12〜第18節 [聖書]

「試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格な者とされ、神を愛する者に約束された命の冠を受けるからです。誘惑に遭うとき、誰も「神から誘惑されている」と言ってはなりません。神は、悪の誘惑を受けるような方ではなく、ご自分でも人を誘惑したりなさらないからです。人はそれぞれ、自分の欲望に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。そして、欲望がはらんで罪を産み、罪が熟して死を生みます。私の愛するきょうだいたち、思い違いをしてはなりません。あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の源である御父(おんちち)から下って来るのです。御父には、変化も天体の回転による陰もありません。御父には、御心(みこころ)のままに、真理の言葉によって私たちを生んでくださいました。それは、私たちを、いわば造られたものの初穂とするためです。」
『聖書協会共同訳聖書』から

『ヤコブの手紙』のこの箇所には、「試練と誘惑」という副題がついています。誘惑に遭うこと自体が試練なのですが、この聖句の「自分の欲望に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。そして、欲望がはらんで罪を産み、罪が熟して死を生みます。」のとおりです。誘惑は常に欲と絡みます。邪悪な欲のあるところに誘惑があり、その誘惑に負ける(陥る)と罪が待っています。罪は、死と直結するのですね。私達が気をつけなければならないことは、まず悪い誘惑に絶対にのらないことです。これに負けてしまっては罪を犯すことになるのです。
この世の中の悪いことの始まりはすべて誘惑です。良い(善い)ことで誘惑するとは言わないですね。すべて悪いことに使われる言葉です。私達クリスチャンで、一番重要なお祈りである『主の祈り』の最後の言葉は「………誘惑におちいらせず、悪からお守りください。」です。この一番重要なお祈りに誘惑という言葉が出てくることからも理解できますね。私達の最も自戒とする言葉です。
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