教会日記2022.10.13(カトリック成城・聖タデオ教会「平日のミサ」木曜日) [教会日記]
今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会での7時からの「平日のミサ」に与りました。今日は、冷たい雨で一段と寒くなりました!( ̄▽ ̄;) でも、今朝も清々しい朝を迎えています。
ミサでは、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と主を讃え、
続いて
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
とお祈りしました。
続いて、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」と祈り、
そして、同僚の病と同じ病の私が親しくしているご婦人のお二人が癒されるようお祈りしました。
終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』をお祈りしました。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」と
お祈りしました。
ミサでは、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と主を讃え、
続いて
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
とお祈りしました。
続いて、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」と祈り、
そして、同僚の病と同じ病の私が親しくしているご婦人のお二人が癒されるようお祈りしました。
終わりに、『大天使聖ミカエルへの祈り』をお祈りしました。
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」と
お祈りしました。
ロザリオの奇跡! [ロザリオ日記]
2年前、帰宅する電車の中で携帯(インターネット)で「ロザリオ」を検索していたら、「Ako's Family Ministries 活動報告」というブログ?があり、その中に「ロザリオの奇跡〜広島の原爆とある神父のお話」という記事がありましたのでご紹介いたします。アドレスは次のとおりですので、クリックしてお読みください。http://akos-family.net/blog/archives/3110
内容は次のとおりです。
「広島に原爆が落とされた日、その投下された地点からわずか1キロほどしか離れていないところに教会がありました。その教会はもちろん被害はありましたが、木造の教会のほとんどは倒れることなく形をそのまま残し、教会内にいた神父たちは多少の傷はあったものの、ほとんど影響がなく守られた、という話です。
…………彼らは日本人に宣教するために来た人々で、軍人ではない。ドイツと日本は第2次世界大戦の間は同盟軍であったため、日本に滞在し、宣教することを許された人たちであった。彼らは生き残っただけではない、ほとんどが比較的軽傷で、その後も放射能による影響もないまま、聴覚も影響なし、その他目に見える影響や深刻な後遺症もなく、生き続けることができた。
…………当然、彼らは科学者から、または保健の立場にいる人々から、その驚くべき体験について多くのインタビューを受けることとなる。(その神父の一人、Schiffer神父は200回以上にもなった、と言っている)彼らは言う「私達が生き残ったのは、ファティマのメッセージを信じて、そのように生きてきたからだ、と信じています。家(=教会)では毎日ロザリオを祈る生活を送りました。」」という内容です。
なんらかの物理的要素がなく、科学的に解明できないことを私たちはどのように受け止めるのか?どのように解釈するのか?解明できない解釈できないことは奇跡とするのか?いずれにしても事実は事実であり、現実は現実なのです。どのように判断するかは、その事実を知った個々の人の判断となります。
神父様たちが、原爆の被害が最小限で済んだ要因は、「毎日ロザリオを祈る生活をおくりました。」という言葉にあると思います。ファティマのメッセージにある「ロザリオを、毎日祈りなさい!」というメッセージを信じて実行したからですね。
「ファティマのメッセージ(ファティマの聖母)」のことは、次の「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」にある記事をお読みください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9E%E3%81%AE%E8%81%96%E6%AF%8D
内容は次のとおりです。
「広島に原爆が落とされた日、その投下された地点からわずか1キロほどしか離れていないところに教会がありました。その教会はもちろん被害はありましたが、木造の教会のほとんどは倒れることなく形をそのまま残し、教会内にいた神父たちは多少の傷はあったものの、ほとんど影響がなく守られた、という話です。
…………彼らは日本人に宣教するために来た人々で、軍人ではない。ドイツと日本は第2次世界大戦の間は同盟軍であったため、日本に滞在し、宣教することを許された人たちであった。彼らは生き残っただけではない、ほとんどが比較的軽傷で、その後も放射能による影響もないまま、聴覚も影響なし、その他目に見える影響や深刻な後遺症もなく、生き続けることができた。
…………当然、彼らは科学者から、または保健の立場にいる人々から、その驚くべき体験について多くのインタビューを受けることとなる。(その神父の一人、Schiffer神父は200回以上にもなった、と言っている)彼らは言う「私達が生き残ったのは、ファティマのメッセージを信じて、そのように生きてきたからだ、と信じています。家(=教会)では毎日ロザリオを祈る生活を送りました。」」という内容です。
なんらかの物理的要素がなく、科学的に解明できないことを私たちはどのように受け止めるのか?どのように解釈するのか?解明できない解釈できないことは奇跡とするのか?いずれにしても事実は事実であり、現実は現実なのです。どのように判断するかは、その事実を知った個々の人の判断となります。
神父様たちが、原爆の被害が最小限で済んだ要因は、「毎日ロザリオを祈る生活をおくりました。」という言葉にあると思います。ファティマのメッセージにある「ロザリオを、毎日祈りなさい!」というメッセージを信じて実行したからですね。
「ファティマのメッセージ(ファティマの聖母)」のことは、次の「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」にある記事をお読みください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9E%E3%81%AE%E8%81%96%E6%AF%8D