八木重吉のことば(詩)(第4日目) [キリスト者(クリスチャン)]

『神の道』
「自分が
この着物さえも脱いで
乞食のようになって
神の道にしたがわなくてもよいのか
かんがえの末は必ずここへくる」

無題
「わたしは
キリストをしんずる
しかしながら
わたし自らが
乞食のようになって
それでうれしい日がくるまでは
たからかにさけべない」

八木重吉のことは、「八木重吉のことば(第1日目)2024.4.13」をご覧下さい。
キリスト教のイエス・キリストの生涯において、イエス様は、特に貧しい人達、病にある人達、弱い立場の人達を側に招いて憐れみをかけられました。また、反対に富んでいる人達、身分の高い人達、特権階級にある人達には強い戒めと弱者への救済(施し)を求めました。
初めの詩には『神の道』という題がついています。2つ目は無題ですが、同じ主旨の詩ですね。詩にある「乞食のようになって」は、イエス様の行いのように、貧しい人間となって信仰の道にあるべきではないかと、八木の心の葛藤が見えてきます。しかし、八木は重い病に冒され、十分に貧しい生活を余儀なくされていたわけですから、私はイエス様に適う者であったと確信しています。
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