教会日記2023.11.28(カトリック成城・聖タデオ教会「年間第34火曜日のミサ」火曜日) [教会日記]
今朝は、出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城・聖タデオ教会で7時からの「年間第34火曜日のミサ)」に与りました。朝は寒いですが、日中は23度くらいななるようです。体調が今ひとつ良くないので、神様によくなるようにお祈りしました(⌒-⌒; ) が、善くなるかならないかは、日ごろの行いしだいか?神様は見ておられます。
ミサでは、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。
そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、
そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。
終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
ミサでは、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン」
と、まず主を讃えて祈り、
次に、
「今日も清々しい一日を迎えさせていただき、
主の慈しみとご聖体を拝領させていただいたことに感謝申し上げます。」
と、主に感謝しました。
そして、
「天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。
アーメン」
と、主により頼む祈りを捧げ、
そして、
「主よ、ここに私がおります。
この私を遣わしてください。
アーメン」
と、主に私が福音宣教に派遣されることを祈りました。
終わりに、
「大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことが出来ますように。
神の命令によって
悪魔が人々を害することが出来ないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと
他の悪霊を神の力によって地獄に閉じ込めて下さい。
アーメン。」
と、『大天使聖ミカエルへの祈り』を祈りました。
今日も清々しい一日を迎えています!
「聖カタリナ・ラブレ」のお話し [聖人・福者・尊者]
今日11月28日は、「聖カタリナ・ラブレ(又は「カトリーヌ」)」の記念日です。
カタリナ・ラブレ(フランス:1806年~1876年)は、フランスのブルゴーニュ地方ディジョン付近のファン・レ・ムティエという農村で11人兄弟の2番目の娘として生まれました。9歳のころに母を失い、12歳のころに姉が修道女となったため、家では母親の代わりとなった。ラブレは父に修道女になりたいと願ったが拒絶されました。ラブレが18歳のころ、不思議な夢を見る。夢の中に司祭が現れ、「あなたはいつか、私を見つけるだろう。神はあなたのために一つの計画を持っている」と告げました。後に彼女は所属するであろう聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の創設者、ヴァンサン・ド・ポールであることを知ることになります。
1830年1月、愛徳姉妹会に入会、同年7月18日夜、修練女になったラブレは子どもに起こされ聖堂に行くと、祭壇上に聖母マリアが出現され、自分を模ったメダイ(カトリック教会の信心具)を作るように命じられました。 翌1831年に修道女となり、修道生活を送りながら福祉活動を献身に取り組み、聖母出現のことを決して語らず、1876年、帰天。1947年、ローマ教皇ピウス12世によって列聖された。列聖調査の際、墓から掘り起こされた遺骸は腐敗を免れ生前の姿を保ち、現在は聖母出現に立ち会った聖堂に安置されています。
上記の「メダイ」の詳細は、このブログの2020年7月17日に掲載した「不思議のメダイのお話し」をご覧ください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2020-07-17
カタリナ・ラブレ(フランス:1806年~1876年)は、フランスのブルゴーニュ地方ディジョン付近のファン・レ・ムティエという農村で11人兄弟の2番目の娘として生まれました。9歳のころに母を失い、12歳のころに姉が修道女となったため、家では母親の代わりとなった。ラブレは父に修道女になりたいと願ったが拒絶されました。ラブレが18歳のころ、不思議な夢を見る。夢の中に司祭が現れ、「あなたはいつか、私を見つけるだろう。神はあなたのために一つの計画を持っている」と告げました。後に彼女は所属するであろう聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の創設者、ヴァンサン・ド・ポールであることを知ることになります。
1830年1月、愛徳姉妹会に入会、同年7月18日夜、修練女になったラブレは子どもに起こされ聖堂に行くと、祭壇上に聖母マリアが出現され、自分を模ったメダイ(カトリック教会の信心具)を作るように命じられました。 翌1831年に修道女となり、修道生活を送りながら福祉活動を献身に取り組み、聖母出現のことを決して語らず、1876年、帰天。1947年、ローマ教皇ピウス12世によって列聖された。列聖調査の際、墓から掘り起こされた遺骸は腐敗を免れ生前の姿を保ち、現在は聖母出現に立ち会った聖堂に安置されています。
上記の「メダイ」の詳細は、このブログの2020年7月17日に掲載した「不思議のメダイのお話し」をご覧ください。
https://jesus195876.blog.ss-blog.jp/2020-07-17