「八木重吉記念館」のお話し [キリスト者(クリスチャン)]

今日は、八木重吉記念館」のご紹介をいたします。
このブログに「八木重吉のことば」として何回か掲載した折に記念館もご紹介いたしましたが、再度掲載いたします。生家と家族のお墓は、私の自宅のある東京都町田市相原町にあり、現在の生家は「八木重吉記念館」として一般の皆さんに開館しており、貴重な資料を展示しています。
詳細は「小さな蔵の記念館 八木重吉記念館」のホームページを」ご覧ください。
◯八木重吉記念館(2023年7月15日現在の情報)
住所は、東京都町田市相原町4473番地です。
ホームページ:https://www.jukichi-yagi.org/
1.開館日について
現在、水曜日のみの開館です。
2.開館時間
午前11時~午後16時の間で予約者のみ
3.予約方法
電話:受付時間 (水曜日の午前11時~午後16時)
FAX:申し込み用紙を記入してFAX
郵送:申し込み用紙を記入後郵送
予約住所送付先
八木重吉記念館
〒194-0211
東京都町田市相原町4473 FAX 042-783-1877
八木重吉記念館 宛
※受付時間:水、土曜日の午前11時~午後16時
4.入場料
無料

実は、先日7月12日(火)、新型コロナウイルス感染症ワクチンの第6回目の接種で、相原町にある「上相原病院」に行ったのですが、交通の便の悪い山の中にあり、バスは1時間に1本~2本くらいで、帰りは体感気温40度を軽く超すくらいの炎天下を歩きました。汗でドロドロ、身体はヘトヘトなになりながらも、やっとの思いでバス停にたどり着きました。そのバス停で待っている時、後ろを振り返ったら、なんと!八木重吉記念館の看板を発見しました………ということで、ヘトヘトになりながらも最後の力を振り絞って記念館を訪問したのでした( ̄▽ ̄;) もちろん突然ですので予約していなかったのですが、偶然にも開館していましたので拝観できました。

記念館は、八木さん(八木重吉とは親戚関係)の自宅の蔵をきれいに改造して造られ、1階と2階に分けて展示しています。(館内は撮影禁止でした)貴重な写真や原稿がたくさん展示されていますが、珍しかったのは何冊かの手作り詩集です。重吉の奥様のとみさんが作られたそうです。重吉の死後、とみさんは遺児2人を育てましたが、1937年(昭和12年)に娘の桃子が、1940年(昭和15年)には息子の陽二が相次いで夭逝しています。2人とも死因は重吉と同じ結核だったそうです。その桃子の13歳の時の書が2階に飾られているのですが、ものすごくしっかりとした、きれいな力強い字でした。生き生きとした書で感動しました。
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それでは、八木重吉についてお話しいたします。
八木重吉(やぎ じゅうきち:1898年~1927年)は、詩人、英語科教師でプロテスタント教会のキリスト者(クリスチャン)です。私が住んでいる東京都町田市相原町(現在の「八木重吉記念館」がある辺り)で生まれ、師範学校の教員時代に教会に通い、クリスチャンになりました。イエス・キリストに倣った清貧のクリスチャンですね。生前に刊行した詩集は1冊のみで、昭和初期に若くして亡くなりましたが、第二次世界大戦(太平洋戦争)後にクリスチャン詩人としての評価が高まりました。当時は不治の病であった結核を28才で発病し、29才という若すぎる歳で早世しました。“ 祈りの詩人 ”、“ 信仰の詩人 ”ともいわれ、短い生涯でしたが数多くの詩を残しました。
◯八木重吉の家族写真です。私が尊敬するクリスチャン詩人です。
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◯ここで重吉の詩をご紹介いたします。皆さんは、きっと小学生か中学生の時に、国語の教科書で八木重吉のいくつかの詩と出会ってますね。
★次の3つの詩は、国語の教科書に載っていた詩ではないかと………と思います。
『太陽』
「太陽をひとつふところへいれていたい
てのひらへのせてみたり
ころがしてみたり
腹がたったら投げつけたりしたい
まるくなって
あかくなって落ちてゆくのをみていたら
太陽がひとつほしくなった」

『うつくしいもの』
「わたしみづからのなかでもいい
わたしの外のせかいでもいい
どこにか「ほんとうに美しいもの」はないのか
それが敵であつてもかまわない
及びがたくてもよい
ただ在るといふことが分りさへすれば、
ああひさしくもこれを追ふにつかれたこころ」

『夕焼』
「ゆう焼けをあび
手をふり
手をふり
胸にはちさい夢をとぼし
手をにぎりあわせてふりながら
このゆうやけをあびていたいよ」

★次の4つの詩は、クリスチャンとしての詩です。
「この聖書(よいほん)のことばを
うちがわからみいりたいものだ
ひとつひとつのことばを
わたしのからだの手や足や
鼻や耳やそして眼のようにかんじたいものだ
ことばのうちがわへはいりこみたい。」
<説明>
この詩は、聖書のことをいっています。聖書に書かれている聖句は、イエス・キリストの言葉ですから、その聖句と一体になってみたいとの想いですね。重吉は敬虔過ぎるほど敬虔なクリスチャンなのでした。

他にも
「自分が
この着物さえも脱いで
乞食のようになって
神の道にしたがわなくてもよいのか
かんがえの末は必ずここへくる」

「わたしは
キリストをしんずる
しかしながら
わたし自らが
乞食のようになって
それでうれしい日がくるまでは
たからかにさけべない」

「病気して
いろいろ自分の体が不安でたまらなくなると
どうしても恐ろしくて寝つかれない
しかししまいに
キリストが枕元にたって
じっと私をみていて下さるとおもうたので
やっと落ち付いて眠りについた」

重吉の詩は短い詩が多く、単純な分かりやすい言葉で純粋な抒情詩になっているのですが、どの詩も侘びしさがあり、そこに人間の儚い美しさがあると思うのです。読む人の胸に、何かキューと締め付けるような、何とも言えない儚さがあり、キリスト教の信仰による詩も数多くあります。詩集『秋の瞳』や『貧しき信徒』などが有名ですね。
◯私が持っている文庫本の八木重吉全詩集です。
書名:『八木重吉全詩集1 秋の瞳・詩稿1・2』
〃 :『八木重吉全詩集2 貧しき信徒・詩稿3』
出版:筑摩書房(ちくま文庫版)
発行:1988年・第1刷
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