教会日記2020.8.13(カトリック成城教会「平日のミサ」木曜日) [教会日記]

今日も仕事です!出勤する前に小田急線成城学園前駅で途中下車し、カトリック成城教会での7時からの平日のミサに与りました。今週は毎日熱中症になりはしないか?と、コロナさながらに心配になるくらい暑かったですね~!( ̄▽ ̄;) 皆さん!こまめに水分補給をしましょうね!

今日は、聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者の記念日です。ミサでは、コルベ神父様の殉教を記念してお祈りを捧げました。そして、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、
「栄光の全能永遠の父よ、
御名(みな)が讃えられますように、
崇められますように、
アーメン
天におられる私達の父よ、
どうかこの祈りを聴き入れてください。
慈しみ深く憐れみ深い主よ、
主に救いを求める人々に主の平安をお与えください。
病に苦しむ人々に主の癒しをお与えください。
貧困にあえぐ人々に主の豊かな恵みをお与えください。
主よ、どうか主に救いを求める人々がすべて救われますように。
私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
と気持ちを込めてお祈りしてきました。
また、行方不明となっている小学2年生の小倉美咲ちゃんが、元気な姿で両親の元に帰れるようにお祈りし、同僚の病が癒されますように、同僚のお嬢さんの病気が完治しますようにと心を込めてお祈りしました。
nice!(0)  コメント(0) 

「聖マキシミアノ・マリア・コルベ司祭殉教者」のお話し [聖人・福者・尊者]

今日8月14日は、聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者の記念日です。このブログに昨年の8月14日に掲載したものを再掲載します。
コルベ.jpg

「憎しみからは何も生まれません。
愛だけが創造するのです。
苦しみは私たちを消滅させません。
私たちの霊が主(神)の前にもっと強くなれるよう、助けてくれるのです。」

聖マキシミリアノ・マリア・コルベ(ポーランド:1894年~1941年) は、ポーランド人のキリスト教カトリック教会の司祭で、悪名高いナチス・ドイツのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(通称:アウシュヴィッツ捕虜収容所)で、「餓死刑」に選ばれた男性の身代わりとなったことで知られています。「アウシュビッツの聖者」と言われています。キリスト教カトリック教会では、聖人に列せられています。
この言葉は、イエス・キリストの説く「愛」と「赦し」ですね。動乱の時代にご苦労をされ、一命を投げ出して自己犠牲されたコルベ神父様でこその言葉だと思います。ちなみに、カトリック多摩教会の守護聖人は、聖コルベ神父様です。多摩教会には「聖コルベ神父の遺物」が安置され、崇敬の念を集めています。この聖遺物は長崎で剃られた顎ひげで、ポーランドの修道院に保管されていた一部をいただいたものです。

コルベ神父と日本はご縁があって、コルベ神父が中国での宣教を考えていたところ、当時ローマに留学していた神学生の里脇浅次郎(後の長崎教区大司教及び枢機卿)に「中国へ布教に行きたいがどうしたら良いでしょうか。」と尋ね、里脇神学生は「中国は政情が不安定だから、しばらく日本で待機したらどうですか。」と日本行きを勧めたのがきっかけでした。1930年に日本(長崎)に上陸し、2ヶ月後には日本語版の「無原罪の聖母の騎士」誌(宣教の機関誌で現在も発刊中)の出版を開始し、翌年には聖母の騎士修道院を設立しています。

1936年にポーランドのニエポカラノフ修道院の院長に選ばれたため、母国であるポーランドに帰国して出版やラジオなどを通じて、精力的な布教活動を展開していました。ところが、1941年にナチス・ドイツの秘密警察機関であるゲシュタポから、コルベ神父が発行していた「無原罪の聖母の騎士」誌や日刊紙が、ナチス・ドイツに対して批判的なものでると因縁をつけられ、4人の神父と共に逮捕されてしまいました。そして、ユダヤ人を何十万人も毒ガス室で殺した悪名高い「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」に送られてしまいます。

劣悪な環境の中で毎日重労働に従事していましたが、1941年7月末、収容所からの脱走者が出たことで、懲罰として無作為に選ばれた10人が餓死刑(がしけい)に処せられることになり、その10人の内の一人であったフランツェク・ガイオニチェクというポーランド人軍曹が、「私には妻子がいる!」と叫びました。この声を聞いた時、その場所にいたコルベ神父は「私が彼の身代わりになります。私はカトリック司祭で妻も子もいませんから。」と申し出ました。収容所の責任者はこの申し出を許可し、コルベ神父と9人の囚人は地下牢の餓死室に押し込められました。
通常は、餓死刑に処せられると、その牢内において受刑者たちは飢えと渇きによって錯乱状態で死ぬのが普通でしたが、コルベ神父は全く毅然としており、他の囚人を励ましていたそうです。時折牢内の様子を見に来た通訳のブルーノ・ボルゴヴィツは、牢内から聞こえる祈りと歌声によって餓死室は聖堂のように感じられた。と証言しています。2週間後、収容所の責任者は、コルベ神父を含む4人にまだ息があったため、フェノールを注射して殺害しました。

もっと詳しく知りたい方のために、次の書籍(文庫本)をご紹介いたします。あまりにも悲しい実話に涙を流さない方はいないと思います。
『聖者マキシミリアノ・コルベ』(聖母文庫)
著者:アントニオ・リッチャルディ-、 訳者:西山達也 、出版:聖母の騎士社
『アウシュビッツの聖者コルベ神父』(聖母文庫)
著者:マリア ヴィノフスカ、訳者:岳野 慶作、出版:聖母の騎士社
nice!(0)  コメント(0)