朱子のことば [非キリスト者(ノンクリスチャン)]

「人は欲がある時、心の強さを失う。心の強い人は、欲には屈しない」

朱子(しゅし)(中国福建省:1130年~1200年)は、中国の「宋」時代の儒学者です。姓は朱、諱(いみな:生前の実名)は熹(き)、字(あざ:実名以外の名)は元晦または仲晦、号は晦庵・晦翁・雲谷老人・滄洲病叟・遯翁など。朱子は尊称です。儒教の体系化を図った儒教の中興者であり、いわゆる新儒教の「朱子学」の創始者です。『論語』、『孟子』、『大学』と『中庸』(『礼記』の一篇から独立させたもの)のいわゆる「四書」に注釈を施したことで有名です。もちろんクリスチャンではありません。

このブログに2回目の掲載になりますが、加筆して再掲載しました。この言葉にある“欲”を「誘惑」に置き換えることもできます。多くの人間の弱点ですね。私にとっては誘惑を克服することが“人生最大の課題”になっていると言っても過言ではありません!難しい!(泣)

ちなみに、「少年老い易く、学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。(原文は「少年易老学難成 一寸光陰不可軽」)」は、一般的に朱子が原作であると認知している人が多いのですが、この「偶成」詩は、朱子の詩文集にこの詩はなく、近年は日本人の作だとする説が有力になっています。前半2行を知っている人は多いと思いますが、後半の2行は知らない人が多いですね。この際に、覚えてしまいましょう!日々の生活に、何のお役にも立たないかもしれませんが、これも一つの教養ですね。皆さんに教えてあげてください。

少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

しょうねん おいやすく がく なりがたし
いっすんの こういん かろんず べからず
いまだ さめず ちとう しゅんそうの ゆめ
かいぜんの ごよう すでに しゅうせい

若者はアッという間に年をとってしまい、学問はなかなか完成しにくい。
だから、少しの時間でも軽軽しく過ごしてはならない。
池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、
階段の前の青桐(あおぎり=梧葉)の葉には、もう秋風の音が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうものである。

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