教会日記その二2023.2.25(カトリック麹町・聖イグナチオ教会「赦しの秘蹟」土曜日) [教会日記]

今日は、日中に所用があったため仕事はお休みをいただきました。所用が終わって夕方にカトリック麹町・聖イグナチオ教会を訪れ、17時30分から「赦しの秘蹟」を授かりました。まだコロナ渦にありますから、聖堂内の告解室ではなく、隣接するイエズス会の建物の3階にある部屋が告解室でした。
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昨年の3月27日(日)に「赦しの秘蹟」を受けて告解し、それ以来の告解となりました。本当なら 12月の待降節の期間中に「赦しの秘蹟」を授かることにしていたのですが、私の怠慢で受けそびれてしまいました。ですから、今回はこの一年に犯した罪を認めて聴罪司祭に告解し、神様に赦しを乞い、お赦しをいただきました。大切なのはこれからですね。もう罪を犯すことのないよう努力しなけれはなりません。

ところで、今回の告解は、前回(昨年の待降節の時)の告解以後に犯した罪のことになります………なんの罪かって?それは秘密ですよね!( ̄◇ ̄;) まぁ、刑事訴訟や民事訴訟なるような、大それたことではありませんので(⌒-⌒; ) ただし、カトリック教会では、次の七つの行為は大罪とされています!
【七つの大罪】
一、傲慢:ごうまん(高慢:こうまん)
二、貪欲:どんよく(強欲:ごうよく)
三、嫉妬:しっと(羨望:せんぼう)
四、憤怒:ふんど(激高:げきこう)
五、貪食:どんしょく(暴食:ぼうしょく)
六、肉欲:にくよく(色欲:しきよく)
七、怠惰:たいだ(堕落:だらく)

カトリック教会では、イエス・キリストがお生まれになる降誕祭(こうたんさい=クリスマス)前の準備期間である待降節(たいこうせつ)と、イエス・キリストが復活される復活祭(ふっかつさい=イースター)前の準備期間である四旬節(しじゅんせつ)に、赦しの秘蹟を受けることが特に勧められています。なお、赦しの秘蹟は、罪を犯した時はいつでも何度でも受けることができます。ちなみに、四ツ谷にあるカトリック麹町・聖イグナチオ教会では、年間を通してほぼ毎日告解の時間帯が設けられており、赦しの秘蹟を受けることができます。現在はコロナ渦ですので、日時制限されている場合がありますので、聖イグナチオ教会のホームページをご確認ください。
https://www.ignatius.gr.jp/index_j.html

赦しの秘跡とは、罪を犯した信徒が、聴罪司祭に告解して罪を赦してもらうというものです。もちろん罪を赦すのは、神様であって司祭ではありません。赦しの秘跡として、罪の赦しのための行為ができるのは、イエス・キリストの12人の使徒の後継者である司教と、司教の協力者である司祭だけです。司教・司祭(聴罪司祭)は罪の告白を聴き、「父と子と聖霊のみ名によって」罪を赦す権能を行使します。要するに神様に代わって罪を赦す宣言をするということですね。また、聴罪司祭には守秘義務があり、告白によって知り得た罪について、完全な秘密を守るように義務(秘守義務)づけられていて、これに背けば厳罰を科せられることになります。ですから、告解した内容は厳守されます。なお、赦しの秘跡を受けることができるのは、洗礼を受けたカトリック教会の信徒に限られています。

新約聖書には、赦しの秘跡のことが書いてあります。
◯新約聖書:ヨハネの手紙 一・第1章・第9節
「私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、あらゆる不正から清めてくださいます。」
『聖書協会共同訳 聖書』から

赦しの秘跡での告解を「懺悔(ざんげ)」と間違う人がいますが、懺悔はカトリック教会では使われず、カトリック教会での宗教的意味は全くありません。そして、お祈りの中で罪を認めるときは「罪の告白」といいます。カトリック教会の告解はとても大切な秘跡で、告解 = 懺悔ではないと考えられています。わかりやすく言えば懺悔は「ごめんなさい」と謝ることで、告解は「振り返り、あやまり・罪を認め神様に赦していただくこと。」です。赦しの秘跡で告解をし、そして、最後のところで「あなたの罪は赦されました。」と神様に代わって聴罪司祭が宣言します。これは罪が赦されたことを意味しています。

【聴罪司祭(神父)】
赦しの秘跡において、信徒の罪の告白を聴き、赦免(赦し)を与える司祭のこと。もちろん、赦しの秘跡の指導を受けて秘跡を修得し、聴罪司祭としての訓練をされていますから、信頼して告解できます。(告解とは、聴罪司祭に罪を告白すること。)
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