教会日記2017.8.20(カトリック夙川教会「主日のミサ」日曜日) [教会日記]

今日は、カトリック夙川教会の7時からの主日のミサに与りました。この夙川教会は、私が所属する町田教会で、教会の運営委員としてご一緒させていただいている、とても清楚で美しいご婦人が所属されていた教会(お隣の芦屋教会にも所属)なのです。また、町田教会に所属していた作家の故遠藤周作氏は、少年時代にこの夙川教会のミサに与っていたそうです。今日はミサに与りながら、遠藤周作少年に想いを馳せました。現在は、梅原彰神父様とコーナン・ミシェル神父様が共同司牧司祭としてお務め(お勤め)されています。
教会(聖堂)正面です!
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教会全景です!(横から)
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聖堂内の撮影許可は得ています!
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ミサでは、ご聖体を拝領させていただいたことを主(神様)に感謝申し上げ、「主に救いを求める人々に、主の平安をお与えください。貧困にあえぐ人々に、主の恵みをお与えください。病に苦しむ人々に、主の癒やしをお与えください。」とお祈りしてきました。
聖水盤がでかい貝殻!
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祭壇前の生け花が綺麗ですね!
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〈カトリック夙川教会のご紹介(夙川教会ホームページから)〉
「1921年(大正10年)、パリ外国宣教会のブスケ神父は札場筋にあった20坪の家を借り、2階を聖堂にして11月に初ミサを捧げ、「聖なるロザリオの教会」と命名しました。これが夙川教会のはじまりです。2年後に神父は現在地に土地を購入し、神戸居留地にあった「悲しみの聖母教会」の旧建屋を移設して仮聖堂とし、本格的な聖堂の建設計画に取り組み始めました。写真のピエタ(「悲しみの聖母」の木彫り)は居留地の聖堂入口の上に掲げられた飾り(タンパン)で、2007年に当教会の信徒の手によって修復を終えました。
ヨゼフ梅木省三氏の設計になるネオ・ゴシック様式の聖堂が1932年(昭和7年)4月に完成します。新聖堂はブスケ神父が敬愛してやまなかった聖テレジアに献げられ、以後夙川教会は「幼きイエズスの聖テレジア教会」と呼ばれています。1945年から1963年まで大阪教区の臨時司教座聖堂としての役割を果たしました。

1995年(平成7年)1月の阪神淡路大震災で大きな被害を受けましたが幸いにも倒壊を免れ、2012年(平成24年)9月には耐震・改修工事が完了し、夙川のシンボルとして壮観な外観とともに、美しいステンドグラスや鐘の音が人々に心の安らぎと祈りの場を提供しています。祭壇奥のアルコーブに聖テレジア像がおかれ、右には聖テレジアと建堂当時の信徒の子どもたち、左にロザリオを手にした聖母子と聖ドミニコのステンドグラスが配されています。聖堂および鐘楼の歴史的、文化的な価値が評価され、2009年に「西宮市都市景観形成建築物」、2012年には「兵庫県景観形成重要建築物に指定されました。

夙川にゆかりのカトリック作家としては遠藤周作と須賀敦子がいます。この教会は遠藤少年が母に連れられてキリスト教という西洋仕立てのぶかぶかの洋服を着せられるに至った場所として彼の作品にしばしば描かれ、遠藤文学の原点といわれています。須賀敦子は小林聖心で早くに洗礼を受けた後、一筋の道を求めてフランスへ旅立ちました。敦子の感性が共鳴したのはイタリアで、日伊の作家を相互に翻訳する忍耐強い仕事は文学における日伊の架け橋となりました。明晰・静謐・澄明なその文体は、古き良き夙川を彷彿させます。」
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